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白水ま衣『月とバス』(2018年)

白水ま衣の1冊目の歌集である。123首が収められている。

一首のなかにうたいたい光景や、感情や、あるいは方法が、わりあいはっきりとあって、それをなるべくその形のままに一首を構成していこうとする——そんな作歌意識を感じた。うたが、ふと口を衝いて出た、という立ち姿をしていないのだ。むろんそれは一首の批評や鑑賞からどうこう言えることではない。が、まずはそういうことを思った。

     *

あらすじのようにさびしい 川上に向かって帰る夜の屋形船
清潔なロビーのようなこのひとの心に落とす夜のどんぐり

比喩の2首である。

1首目は、「川上に向かって帰る夜の屋形船」が「あらすじのようにさびしい」、というふうに倒置になっていると読んだ。直喩の歌だ。あらすじ、というのは物語の背骨であり、レールであり、もっと言えば型である。ふつう、物語はあらすじだけを提示されて味わうものではない。そこには肉がつき、物語を推進する描写があり、出来事があり、修辞がある。それらがあることによって、物語世界に入っていける。あらすじ以外の部分が、臨場感を駆動するのだ。だから、あらすじだけがそこにある場合、物語世界にはうまく入っていけない。その入っていけなさが、すなわち「さびしい」のだろう。あとは帰るだけの「屋形船」である。そこに乗った人も、あった時間も、流れた風も、においも、ふりおとして、あらすじだけが静かに帰っていく。

ところがこの歌をもう一度読んでみると、「あらすじのようさびしい」なのであって、「あらすじのようさびしい」ではない。私がさびしい、ということではないのだ。あらすじの側のさびしさを言っている。完璧な佇まいが、そこに入ってくるものを拒むことがある。あらすじは、ただそこにあるだけなのであって、そこには誰も入ってこれない。そのさびしさだろうか。それでもおのずと、私がさびしいということも重なってくる。

2首目の比喩は二箇所ある。「清潔なロビーのようなこのひと」の直喩と、「心に落とす夜のどんぐり」の隠喩だ。この「清潔なロビー」もまた、何か人を寄せ付けないようなところがある。ロビーであるから、本来は人が行き交うところだ。しかしどこかで許していないところがあって、そこに入れるものと、そうでないものとを選別しているようだ。「このひと」に私は近づきたい。踏み込みたい。その意思表示だろうか、どんぐりを心に落としてみる。「どんぐり」というチョイスが、「このひと」の「清潔」に対する私の態度である。「夜のどんぐり」の「夜の」も見逃せない。

歌集のなかには、ほかにも「〜として」という形の比喩も点在する。その比喩を読みほどいていくことも、この歌集のひとつの読み方なのかもしれない。

     *

一方で、先に挙げた2首にうたわれているような、ある種の「近寄りがたさ」は、私の側にもある。

わかりにくいことは罪だと言うひとの首輪にでかい鈴を付けたい

首輪にでかい鈴をつけることによって、それはよく目立つし、きっと音もわかりやすく鳴るだろう。「そんなにわかりにくいことが罪だとまでおっしゃるんでしたら、あなたもわかりやすくなるように、特別大きな鈴を付けてさしあげましょう」と言われているような気分だ。何だかこの迫力はこわいなあと思う。「大きな鈴」ではヌルいんであって、やっぱり「でかい」なのだけれど。それにしても、と思う。それに、あらかじめ「首輪」は付いているのだ。迂闊には近寄れない。こういう凄みのある歌が、これも歌集のなかには時折差し挟まれる。〈我が子、ではなく我が弁当膝に乗す 弁当なれば冷たくてもよし〉や〈詩は私信ではない。ならばもう少しそのファスナーのにおい、かがせて〉といった歌にひやっとする。

そうかと思えば、こんな一首に出会う。

歩くことでかるくなりゆく夏のわがこころにちいさな鈴を入れたし

私の鈴の音は、どこに向けて鳴るのだろうか。鳴らしたいのだろうか。

     *

歌を1首ずつ読んでいくたのしさは確かにありつつ、しかし一発で好きになったのは、次のような歌である。

UFOが見えそうな気がして黙す 芙蓉のひらく夕の川辺に
答えは風の中になくても 川沿いを少しほつれた髪のまま行く
紙飛行機はいちまいの紙に戻るだろう このしずけさが恋であるなら

きみの領域(あるいは、あなたの領域)と、私の領域が、知らず知らずのうちに重なり合っているような、そんな偶然のような時間が、場所が、ひっそりと隠れている歌集である。



*歌の引用はすべて歌集『月とバス』(2018年、私家版)に依ります。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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