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1首鑑賞352/365

ここにして夜を明かさなと草の上にうち坐りみれば山はさみしき
   窪田空穂『泉のほとり』

     *

山に一夜を明かしたことはキャンプくらいのもので、それとて一人ではなかったから、「山はさみしき」というような気持ちにはならなかった。海には、一晩寝たことがある。波のとどかぬ磯辺で、来た道が見えぬほどの暗闇に怯えつつ朝を待った。夜には夜の姿がある、とおもったのだった。

「富士登山」の折の一首である。立って歩いているうちはまだいいが、「草の上に」座ってみると、急に山というものの大きさというか、それに対置されたおのれの小ささというかが突きつけられて、無性にさみしくなるものである。「山はさみしき」というのは、ひとつには「山」そのもののさみしさを言うのだろうが、もうひとつには、やはりおのれのさみしさのことを言うようにおもう。「夜を明かさな」という諦観が、強意「うち」を経てふたたび翻るような、こころのうつろいのある一首である。


※歌の引用は、大岡信編『窪田空穂歌集』(岩波書店、2000)によります。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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