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1首鑑賞346/365

花火もう五月蠅くてわれおちつかず心臓と花火と区別のつかず
   渡辺松男「赤鴉」「歌壇」2017.9

     *

渡辺松男さんのうたの表記は特徴的で、漢語をぐにゃぐにゃの旧かな・ひらがなにひらいたかとおもえば、このうたのように「うるさくて」を「五月蠅くて」と漢字にかいたりする。ここでは花火のうるささが、単に「音が大きい」のみではないことが示唆される。五月群がる蠅のごとく、わずらわしい、しつこい、まとわりつく、などのイメージとかさなって映る。大きな音がドーンと来るのではなく、重なりあい拡散しながらこまごまとわれへ降りかかり、降りのこるのだ。

「心臓と花火と(の、ではない)区別のつかず」とは大胆だが、ひとつには音の重なり、鼓動と花火の音とのシンクロがおもわれる。どちらがどちらであるのか区別がつかないほどに、心身がどこかわがものでないかのような感覚にあるようだ。そしてもうひとつには、そのことを通じて、生きていることそのもののおちつかなさ、わずらわしさ、を感じているのだとおもう。「花火」をとおして〈わたし〉の感覚に触れるような一首である。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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