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1首鑑賞316/365

みるかげもなく薄くなりたる結社誌をみるはかなしも送られてきて
   小池光『梨の花』

     *

1985年から2010年までのあいだ、小池光は「短歌人」の編集人を務めている。歌集にも

「短歌人」の合間合間にわがつくる団地しんぶんに精彩のなし
   『静物』(2000年)
短歌人編集人たりし二十五年ただ黙々ときみあればこそ
   『思川の岸辺』(2015年)

といったうたを拾うことができる。団地しんぶんにはない「精彩」が「短歌人」編集にはあったのであり、しかし「二十五年」も経てば、結社の状況も、結社誌の状況もずいぶんかわってくるのである。

掲出の1首が必ずしも「短歌人」のことを言っているとは限らない。ただ、編集人という立場をはなれると、結社誌というものは「送られて」くるものであり、自らどうするでもなく、ただ、状況はそうと受け入れるより他ないのである。みるかげもない、というのを辞書で引くと、みすぼらしくて見ていられない、正視にたえない、といったなかなか厳しい文言が並ぶ。「送られて」くるからにはみる。それゆえ「かなし」いのである。「送られてきて」という結句が、どうすることもできず、ただ、いたましいそれを正視するよりほかない、はがゆさのようなものをうっすら思わせる。

(しかし今の「短歌人」が「みるかげもなく薄」いとまではおもえないので、謹呈で送られてくるほかの結社誌のことを言っているに過ぎないのかもしれない。そのほうが「送られてきて」や「みるかげもなく」ということばの距離感そのものはつかみやすい。)
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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