吉川宏志『海雨』(2005年)

前歌集の『夜光』にもぽつぽつ見られ、つづく『海雨』においても頻出するのが「かな」による三句切れの歌である。

おさなごがテレビに貼りしシールかな筑紫哲也の顔に影浮く
冬の日は器ばかりが目立つかな茶碗に藍の草なびくなり
りんご包む網(ネット)のような帽子かな日暮れの庭に祖父は出ている
五階より見れば大きな日なたかな墓の透き間を人はあゆめり
泣き顔を丸めて笑う子どもかなこのたやすさはいつまで続く

1・2・4首目はそれぞれ「テレビに貼りしシール」「器」「大きな日なた」を上の句で話題として出し、それからその仔細を下の句で述べていく。大まかな状況やフレームをまず提示し、しかるのちさらに着眼するべき1点へ迫っていくこの方法は、古典的ではあるが現代短歌の今においても形を変えてさまざま使われる方法の1つである。「かな」といういかにもな切れはともすると滑稽へかたむきそうだが、そのかすかにユーモアがにじむところが、歌集全体をおおう陰鬱とした雰囲気にあっては目を引く。3首目は逆に、ある1点に注目させておいて、そこから大きな状況へと引いていく。

5首目だけがすこしちがっていて、構造や技術とはちがうところで「かな」が響いてくる。この歌のひとつ前に〈わが蹴りしボールをすこしためらいて蹴り返すなり泣いていた子は〉という歌があって、子どもが泣くということ、その前後のことの特別な感じを思う。「泣き顔を丸めて笑う」の「丸めて」がだんだんできなくなっていく。「丸め」るのに時間がかかるようになっていく。

「かな」による三句切れの類型として、ほかには「なり」による三句切れがある。これらの形のもっともきわまったものが歌集掉尾の次の1首であろう。

旅なんて死んでからでも行けるなり鯖街道に赤い月出る

やはり「行けるなり」に注目する。口語と文語のこの接続は、たとえば「キテレツ大百科」に登場するコロ助を彷彿とさせる。語尾に「〜ナリ」をつけて話すキャラクターである。ここでの「行けるなり」にも少しおどけてみせるようなところがある。自分で自分におどけてみせているのだ。旅なんて死んでからでも行けるんだからいいじゃないか、と。この歌が歌集の最後に置かれていること、それはこの歌がそれ以前のすべての歌を背負っているように映る。すべてを引き受けて、そのいっぱいいっぱい、ぎりぎりのところで発せられた「行けるなり」なのだ。

     *

と、いきなり結論めいたことを書いてしまったが、家族のうた、仕事のうたをはじめとして、濃く密な歌集である。

熊蜂の墓つくったと子は言いて土掘り返し我に見せたる
春の夜に墨すりおれば「坊さんのにおいがする」と子どもが寄り来(く)

「泣き顔を丸めて笑う」の「丸めて」に通じるような、「土掘り返し」「「坊さんのにおいがする」」である。

冷静にわれは聞くしかないのだよ冷静はきみを傷つけるけど
子を産みし日まで怒りはさかのぼりあなたはなにもしなかったと言う

妻との諍いである。この「ないのだよ」という余裕ありげな物言いもまた、「きみを傷つけ」そうではある。そのあたりのことも含めての1首であろう。なにか体当たりという感じのない、真っ向勝負という感じのない、はぐらかされているようなところである。「あなたはなにもしなかった」は極論だろうが、そういう極論を持ち出さなくてはぶつかってきてくれない、もっと体当たりで来てほしいというようなもどかしさが見える。

眼がどろり疲れて帰るゆうやみに弥生の白い椿、消えたい
六階の窓をあければ曇天が卓上に来るこの味噌汁に
秋の日は秩父の町で見たような蓑をかぶって寝ていたいなあ
平凡の葬儀のあとに食べている鮪は赤し飯のうえに赤し

「どろり」の生々しさを不穏におもいながら、結句の「消えたい」である。ツバキのキを引き継いでのキエタイが印象強く残る。3首目の「寝ていたいなあ」も独白であるけれど、「冷静」の中にもこういう生の声が時折あるとぐっと引かれる。2首目の「この味噌汁に」という引き寄せ方には迫力がある。この1冊のなかの修辞で見れば珍しく唐突であり、かえってリアリティを生んでいる。4首目の「飯のうえに赤し」というリフレインも同様の迫り方がある。

     *

巻き戻しボタンを押せば飛行機はビル腹部より吐き出されたる
ビンラディンの顔佳(よ)きと言う歌人ありフセインのときと同じごとくに
アメリカが生贄(いけにえ)をゆびさすまでのひどくしずかな秋が過ぎてゆく

アメリカ同時多発テロ事件に取材したと思われる作品である。当時わたしは小学生で、テレビでその映像をくり返し見た記憶がある。「巻き戻し」であるからビデオで撮っておいたのか、あるいはテレビ番組でそういう映像の見せ方をしていたのか、しかしこの「巻き戻し」というのは現実にはあり得ない。そのことが翻って突きつけられる。2首目、歌は「冷静」だが少なからず憤りが見える。3首目の結句「過ぎてゆく」の「て」をはじめ見逃していた。過ぎゆく秋を傍観するのではなく、急ぎ足に過ぎてゆく季節とその不気味な静けさを警戒する感じがある。

遺品館を出でたる父は「字がうまいものだな」と言う 言いて黙せり
NO WARとさけぶ人々過ぎゆけりそれさえアメリカを模倣して

1首目は「知覧」という連作の末尾の1首である。たとえば遺書の「字がうまい」、そのことへのおどろきと、おどろいたことへの葛藤と、遺品館を出たあとのなにかことばを継がなくてはという気持ちとが「字がうまいものだな」の「ものだな」にあらわれている。言い得ることの少なさを思う。2首目、「NO WAR」とさけぶのはデモだろうか。「過ぎゆけり」であるから直に参加しているわけではない。「それさえアメリカを模倣して」という「冷静」は冷ややかでさえある。

     *

すこし「冷静」ということばに引っ張られすぎた。たしかに「冷静」ではあるのだろうが、「冷静」ゆえに見えるもの、「冷静」ゆえに負うものもある。あるいは「冷静」ゆえに手渡せるものもあるだろう。(と、ここでも「冷静」をたよってしまったのだが……。)

秋の日の影はずいぶん長くなり川のむこうにわが手がうごく

川のむこうにわが手がうごく、というのは事実そうであるよりほかに、たとえばそこにどんな感情があるのだろう。影が長くなったことへのおどろきがあるだろうか。「わが手がうごく」という表現に注目したい。まるで知らないうちに手がうごいているみたいだが、きっと、川のむこうまで影が伸びているのを発見したのちに、手をうごかしているんじゃないだろうか。歌の順序に逆らえば、川のむこうにうごくわが手を発見したのち、それを影が長くなっているのだと捉えているとも読める。「うごかす」ではなくて「うごく」ということであるから後者をとりたい。しかし……と考えはめぐって止まない。「われ」と「わが手」の距離を思う。「われ」とは何だろうか。「わが手」は「われ」であるか。

幼な子にもう見せるなと言われたり干し魚のごと瘠せたる祖父を

干し魚の「ごと」という直喩は吉川作品の大きな特徴であろう。直喩によって新しい見方を提示する。印象づける、あるいは印象をくつがえす。「干し魚のごと」と言われることによってその「瘠せたる祖父」の姿や、「幼な子にもう見せるな」と言われるほどのその姿が立ち現れる。そこからはなれられなくなる。作者にも読者にも体力がいる。直喩という方法は「冷静」な吉川の、しかし、全力の体当たりなのではないだろうか。



*『海雨』の歌の引用は、現代短歌文庫135『吉川宏志歌集』(砂子屋書房、2018年)に依ります。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生まれ。「やまなみ」所属、野田光介に師事。16歳より作歌を開始。2016年、歌壇賞候補、現代短歌社賞次席、「温泉」50首が話題になる。2017年、現代短歌社賞次席。
▶︎現在、鳥ノ栖歌会に参加。ツイキャスユニット「いいぞもつとやれ」、企画同人誌「tanqua franca」で活動中。
▶︎初期作品を「空を見てゐる」18首にまとめています。その後の2014年〜2017年の作品は『湯』『温泉』にまとめています。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はkyushu.sc.m.yamasho@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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