FC2ブログ

1首鑑賞265/365

白粥をすする無数の父と母ありてとぷとぷ白粥の河
   米川千嘉子『牡丹の伯母』

     *

年老いた「父」や「母」の介護の一場面だろう。眼前に「白粥をすする」父あるいは母を見ながら、こうやって白粥をすする「無数」の父母がいることをおもいみる。ものを噛んで食べる、ということができなくなるのは、体験にはないが、切ないことである。白粥の質感をあらわす「とぷとぷ」が、だから同時に、そういう切なさの喩でもあるようにおもわれる。白粥の河は、切ない時間・空間の喩であるということだ。半濁音ゆえか、「とぷとぷ」には妙な明るさがある。それは「白」の明るさと相まって、1首をものがなしいものにしている。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR