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1首鑑賞260/365

手を振ればせつなさは手にあふれきてしづかにこの手戻して歩む
   近藤寿美子『桜蘂』

     *

見送りの場面だろう。手を振って別れる。そのためにかかげた手を、振ってみればとたん「せつなさ」があふれてきて、どうしようもなく「しづかに」手をおろす。なにもなかったように歩き出す。身に覚えのあるような場面である。いっしょに歩いてきて、そのときはなんともなかったのに、別れの時がきて、それでも平気なのに、いざふりあげた手を振ってみると、しゅんかん、別れであることがつよく自覚されてか悲しくなる。胸が痛くなる。ああお別れなんだ。

手を振ればお別れだからめっちゃ振る 死ぬほど好きだから死なねえよ
   石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』

この1首について、「だから」を「だけど」にとりかえてみて批評している文章をちかごろ読んだ。たしかに「だけど」のほうが、文としてはすなおというか、見慣れた感じがする。けれども、そのぶん、「だけど」のほうが順接的になってしまい、「だから」のほうが逆接的になる、ということだろうか。この「だから」にこもる気持ちと、掲出のうたの「しづかにこの手戻して歩む」のこころは案外近いようにおもう。どちらもせつなさのこもるうたである。


※出典がうろ覚えなので、調べてのちに付記します。(追記)『岡大短歌』7号、撫川なつさんによる一首評(p22)でした。「練習すれば上手くなるからめっちゃ練習する」の例示も印象強かったです。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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