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1首鑑賞258/365

昼酒はさびしきものか手みやげの珈琲豆を子の部屋に置く
   栗木京子『ランプの精』

     *

手みやげを持ち帰っているところをみると、昼酒をのんだのは「子」ではなく、わたしのほうである。なにかの会合の帰りだろうか。夜は酒飲んで帰っても少しくつろいで寝るだけのところ、昼はその後の時間が多すぎる。周りもだれも飲んでいないし、じきに、ふだんの生活がもどってくる。だから「さびしきものか」のこころは、なんとなくわかる気がする。それから珈琲豆は、寄り道して買ったというよりは、その会でみんなに配られたちょっとしたものなのだとおもう。これも「手みやげ」の一語ゆえ。それを自分で飲んでもいいのだが、せっかくの「みやげ」であるし、なんとなく「子の部屋に置」いたのだろう。ただひとりわたしだけが酒気をおびてしずかな午後の空間が、せつなく浮かび上がってくる。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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