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1首鑑賞253/365

桜とふおほきしろがねの〈顔なし〉をふたりの母と見てさびしき日
   米川千嘉子『牡丹の伯母』

     *

カオナシと言えば映画『千と千尋の神隠し』に出てくるキャラクターを思い出すが、あれは黒を基調としている。それに対してこちらは「しろがね」。たんに「のっぺらぼう」くらいのニュアンスで〈顔なし〉なのかもしれないが、連想としてカオナシのこともおもったのである。さて、その〈顔なし〉だが、桜というのは確かに咲けばまっしろで、連綿として区別なく、どこか総体としてそこに存在しているように映る。不気味でもある。それを「ふたりの母と見て」とあるので、実母と義母と、ということだろうか、〈顔なし〉=「表情がない」ということが、不穏にもただよう空間である。喜怒哀楽をはじめとし、感情の起伏、また生活の起伏がとぼしいというのは、いちめん穏やかだが、その反面、「さびしき」ことでもある。そういう日々を、おもいやるこころが、桜の「おほきしろがね」と並べて「ふたりの母」を見つめつづけるのだ。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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