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1首鑑賞230/365

親知らず抜かずにすみぬ紫陽花の毬に昨日の雨ゆれてをり
   栗木京子「京マチ子の墓」(短歌研究2019年8月号)

     *

気づいたら周りが「親知らず」「親知らず」と言うようになり、痛いとか、変な方向に生えてくるとか、頬が腫れるとか、抜いたら痛かったとかいろいろ言うのを聞きながら、自分には関係のないことのようにおもって過ごしてきた。こわくなってちょっと調べてみると、どうやらこれが親知らずなのかな、とおもいあたる歯がわたしにあって、しかし痛くもないし、とおもって放置している。いずれ問題になるかもしれない。

掲出のうたは、抜くことになるのだろうとなかば観念して歯科医へ行き、診てもらったが抜くには至らず、という状況。歯科医から帰る道すがら紫陽花の毬に雨がのこっているのをみとめる。「昨日の雨」というのが、「親知らず」を抜くか抜かずにすむかおもって過ごした昨日の時間をおもわせる。紫陽花の花弁が、歯のように浮き上がってくる。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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