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1首鑑賞200/365

夏はいい ひかりの夏はあじさいが腐るように枯れていくのもいい
   宇都宮敦『ピクニック』

     *

紫陽花のはなを熱心に見ないうちに夏の盛りがやってきそうだ。咲きはじめ、すこし注目したのだが、雨の降らない日がつづくうちに興味もうすれてしまった(紫陽花は雨にぬれてあざやかになる)。それよりも今年は、どこに行ってもアガパンサスの花を目にした。はじめて名前と実物が結びついたせいもあるが(ほとんどそのせい)、あっちにもこっちにも咲いている。花火のような(というのは順序が逆かもしれない)むらさきの花が涼しげなのもいい。紫陽花が雨のはなならアガパンサスは晴れのはなかもしれない。

通勤のみちに、郵便局までのみちに紫陽花のはなが咲いている。色がうすい。もう枯れてしまっているものも多い。季節が過ぎてしまったのだ。

梅雨入りが例年になく遅かった今年、蟬は去年と同じころに鳴き始めたけれど、その声はか細く、空に入道雲を見ず、気温も真夏のそれではない。夕立もない。夏だ! という感に乏しい。「夏はいい」「ひかりの夏」と言われるような「夏」ではまだないなあ、とおもう。けれどもうたは、「あじさいが腐るように枯れていくのもいい」とうたう。おおそうか、とおもう。

わたしのおもういかにもな夏とはいくぶん違うが、このうたが伝える夏のよさ、というのはわかる気がする。「夏はいい」とまず言い(つまりなんであれ夏はいい)、その大きな特徴として「ひかりの夏」を言い、具体例として「あじさい」について述べられている。「夏はいい」といい起こすときの気分の盛り上がりが、次にまず大きく言い直され、さらにそこからひとつ、きわめてこまかな場面としてえがかれる。この構成が、わたしにそのよさを伝えるのだろう。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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