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1首鑑賞186/365

捨てにいく父の名前は川底に投げた、さかなは光になった
   安井高志『サトゥルヌス菓子店』

     *

父を捨てるうただ。その道すがら、川が流れている。まずは名前を剝ぎ取り、川に投げる。そうでもしなければ、途中で引き返してしまうかもしれない、というおもいがあったか。川底に至るには、重量があるか、それなりの勢いがあるかしなくてはならない。「名前」は重いか軽いか。人体に比べると軽いだろう。じきに浮かびあがってくるのだが、それでも一度は沈めてしまわなければならない。思いを込めて投げつける。

父、というのは生身のそれではなく、「父というもの」「父というラベル」「わたしにとってのその人」といったいくらか抽象的なものかもしれない。「名前」という固有性を引き剝がし、それから「父」という概念をうち捨てる。そうしていくぶん身軽になった(もう「父」ではないが)かつて「父」であったものと対峙する。

川底に投げられた「名前」。それによって、か、同時に、か。眼差しがそうさせるのか。「さかな」は「光」になった。「さかな」もまた、「さかな」であることから離れて、目には「光」となる。川のなかのただのきらめきとして、視界に、というか認識のなかにある。魂の皮を剝ぐような1首だ。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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