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1首鑑賞170/365

かりがねの來鳴(きな)かむころをわれひとり墓地(ぼち)の草生(くさふ)に疲れつつ居り
   斎藤茂吉『ともしび』

     *

『ともしび』を読んでいると多いのは視覚のうただが、それにおとらず聴覚のうたもかなりある。虫の音鳥の音をはじめ、町の音、山の音、野の音川の音、じつにいろいろの音が出てくる。いかにも静かな光景のなかに、その音と、それを聞き留める耳とが、鮮明に浮かび上がってくる。

この半年ほど、ふたたび音楽を聴くようになって、街を歩くときにもイヤフォンをしていることが多い。なにか映画やミュージックビデオのなかにいるような気分になる。街の音はほとんど聞こえない。当然、耳でつくったうたというのも少なくなる。そうおもってイヤフォンを外してみると、朝はおどろくほど静かで、ときおり聞こえる鳥の声は明瞭で、また商店街の音、大通りの音、住宅街の音、いろいろと聞こえてくる。ところによって音もちがう。それで、意識してイヤフォンを外すようになった。

掲出のうたは「疲れつつ居り」の言い回しなどいかにも茂吉らしい。墓地の草生でくたびれはてているところに、ひとり、かりがねを夢想する。無音の光景のなかに、耳だけが鋭くかりがねを待っているようだ。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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