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1首鑑賞139/365

皿の上に皿をかさねてゆく音のきこえるといふよろこび 儚(はかな)
   橋本喜典『聖木立』

     *

ここ数日、橋本さんのうたを読んでいてやはり気になるのが、見えないこと、聞こえないことのうたである。掲出のうたはかすかに聞こえる音に「よろこび」を抱いているが、それさえも「儚」い。熱湯をかぶった時とっさに「あつ(っ)」と語幹だけを発して表すが、それと同じで、形容詞「儚し」の語幹だけを述べて感慨を伝えている。

きこえねば笑むタイミング摑めざり黙然とゐて写真にのこる
蟬のこゑ脳裡に沁みよ聞えざる耳は静けき巌のごとし
小松菜とバナナのジュース注ぎたるコップを倒すかすみたる眼は

1首目、2首目は「耳」のうた、3首目は「眼」のうたを引いた。「撮りますよー、はい、チーズ」が聞こえないのである。それで、なんとなくここか、というところで笑顔を作るのだが、出来上がった写真を見てみればまるで笑っていない。そういうことが起こるのかと、このうたを読むまで想像の及ばないことに愕然とする。連作ではひとつあとに〈女性たち笑つてゐるのに真ん中にわれのみ真顔 つまんないの〉といううたがあって尚更せつない。2首目は芭蕉の句が下敷きにある。3首目は、「小松菜とバナナのジュース」という具体が、なにか1首をスローモーションのごとくに映す。

いずれも「きこえねば」「聞えざる」「かすみたる」と、聞こえない・見えないを直接にうたっているが、はじめのうたは「聞こえる」をうたっている。儚いけれども聞こえる、聞こえるけれども儚い。聞こえない・見えないの具体を通過したあとに読むと、「よろこび」や「儚」がいっそうわかってくる。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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