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法橋ひらく『それはとても速くて永い』(2015年)

 色の感じが映画っぽいな、と思った。
 ポケットをうらがえして見せると中になにもなかったり、ゆうべのレシートが出てきたり、きれいなアクセサリーがでてきたりするような、そんな内面と歌い口のいろいろを見るような気持ちでなんども読んだ。

風帰る 登校のため使いきる青春18切符のあまり

 5日1セットの青春18切符。旅行のために買ったのか、1日分とか半端に残ってしまったのだろう。有効期限があるからそれを使いきる。それも、なんでもないふつうの生活に。もったいない感じもするし、逆に使いきれずに余すほうがもったいないんじゃないか、という気持ちにもなる。なんだかよくわからない気分がある。それを初句、風帰る、と歌いだす。さっと風が通ったあとに何かがのこる、そういう感触だ。

触れないことで触れてしまった核心があってしばらく窓を見ていた

 そのことには触れないでおこうとした。その回避によって逆に「そのこと」の輪郭が鮮明になる。なんで「そのこと」を避けるの? というふうに。こういうひとつものの見方を提示しながら、という歌がこの歌集のひとつの推進力になっている。

灯を消せばたちまち沈むこの部屋の深さにいまもすこし慣れない
(飛ぶように過去になってく)弟がギター弾いてた駅前をゆく

 1首目、一人暮らしの部屋だろうか。たしかに部屋だけれど、家=部屋という感じのよくわからない空間だ。なにかしんとして、孤独の感じだ。わたしが部屋に沈むんじゃなくて、部屋が沈んでいく、その体感。「たちまち」「すこし」という副詞がその体感に手触りを与えている。「いまも」とあるので、時間の経過もわかる。だいぶ慣れてきたんだけど、ときどきその慣れなさや慣れていなかったころのことが浮かんでくる。前のうたから風邪で寝込んでいる(から)、と読むこともできるけれど、風邪を引いて寝込んだことによって浮かび上がってきたきた、と捉えるのがいいのかもしれない。
  2首目、弟がギターを弾いてたのがいつなのか、解釈はふたつに分かれるだろう。ひとつは今まさにひいている最中で、そこを通過する。通過するとたちまちその場面は過去になってしまう。だから飛ぶようになのだ。もう一つはかつて弟がギターを弾いていたことがあったな、と思い出しながら駅前を通っているという解釈。思い出す、くらいには過去になってしまったな、はやかったな、という具合だ。はじめ駅前ということばの指すエリアの広さを思って、後者の解釈で読んだのだが、「今まさに」の空気感も完全には消えていないように思う。「飛ぶように」の比喩が、弟をいま目の前に立たせているのだ。

     *

 ストレートな祈りのうた、あるいはどこか遠くへ呼びかけるようなうたがある。

それぞれに越える雪の夜 遠く遠く友の街にも流れろ、ラジオ
冴えていたギャグをいくつか借りてますなかなかウケが良くて ありがと

 いっしょに過ごした時間のさきに、それぞれのひとりの時間がある。その、かつていっしょに過ごしたことによるやわらかな連帯感。からみあいもつれあいしていたそれぞれが、一本の糸を曳きながらそれぞれの暮らしを生きている。ある雪の夜は「流れろ」という命令形でつよく願い、またあるときは「ありがと」(ありがとう、ではない)と軽く(あるいはその分、おもいのかもしれない)つぶやく。
 また一方で、自暴自棄ともおもわれるようなうたがある。

精液を手早く拭う たぶん俺、誰にもなにも感謝してない
誰とでも寝ればよかった踏み外すほどの梯子も道もないのに

 この渾然一体としたと感じにゆさぶられる。あるときは祈り、願う〈わたし〉がまたあるときはそれはいつわりだ、と自責する。この落差、身に覚えがあると思ったら飲んだときだった。飲んで酔っ払って「みんな死ね」モードに突入したり、あるいは「みんなのおかげ」モードに振り切れたりする。なにか弁が機能していない、そういう振れ幅のようにうつる。
 この「誰にも」にとどめず「なにも」までいくあたり、0か1かのモードに突入している。それなのに「たぶん」がついていて周到だ。2首目のヤケも、道を踏み外す、梯子を外す、という慣用のことばを使いながら、それを翻すことで一首が成っている。

     *

 2つの連作がとくに気になった。

おめでとう これ以上ない快晴の空に伸びてくよ、飛行機雲
「今度は誰の番なんやろな」脇腹を突っつき合って帰りの道を
流されて吹き寄せられて川をゆく花びらみたい 手を振るから

 「エデン」という連作から引いた。友だちの結婚式(あるいは披露宴)に来ている。おめでとう、という発語は言わなくてはそう思えないから言う、まず言う、そういう滲み方をしている。でも言ってしまえば、そこから景色はおめでとうになっていく。帰り道のじゃれのあいだも、別れ際に手をふるときもどこか輪の外に視点があって、でも光景としてはすごくいい。手を振るからの字足らずがせつない。

追いかけっこの少年たちに囲まれて自分の脚を長いとおもう
何を読むわけじゃないけどこんなとき手元に少年ジャンプが欲しい
音がして、花の向こうの遮断機に走ればたぶん間に合ったけど
ラストオーダー欲張りながらひとしきり頭皮のケアについて語った

 歌集もそろそろおわりのころにおかれた「マリーゴールド」という一連。「エデン」の雰囲気に近い感じもあるのだが、歌の数もおおく、もう少しゆったりと進行している。
 自分の脚を長いとおもう視点はぶれずに、また、それを正直にことばにする(=ポケットをうらがえす)のがこの人なんだなあと思う。「何を読むわけじゃないけど」、「たぶん」「けど」(そしてこの歌は「花の向こう」がすごい)と留保するし、ラストオーダーは「欲張る」し、「頭皮のケアについて語った」ことについても語る。

 ポケットをうらがえしてみせる意思と技術のつまった一冊だ。



※引用はすべて歌集『それはとても速くて永い』(2015年、書肆侃侃房)に依ります。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。歌集に『温泉』(2018年)がある。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はkyushu.sc.m.yamasho@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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