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1首鑑賞114/365

聞えざる耳傾けて聞かむとし目の前にある天婦羅食へず
   橋本喜典『聖木立』

     *

補聴器を使っていても、それは音をよく拾うだけであって、その分聞こえなくていい音も拾うのだから、すなわち聞こえ方が良くなる、もとに戻る、というわけではない、ということを最近聞いて、なんだかつらくなってしまった。そういう状況に対してもだし、それをこれまで思いもしなかったことに対してもつらい。いま現にわたしは目が悪くなりつつあって、いくらか動揺しながら、眼鏡をかけたりコンタクトレンズを嵌めたりすれば見え方が良くなる、もとに戻る、と、そういう想像を安易にするけれど、それだってまるで違うのだろう、とおもう。

耳を傾けてどうにか相手の話していることを聞き留めようとしている。目の前の天婦羅が食べたい。けれども、食べながら聞くということができない。聞こえたとして、それは断片的かもしれないし、聞きたい話でないかもしれない。しかし聞こえていない段階においては、それを知ることはできない。聞こうとするしかないのだ。天婦羅が冷えていく。もどかしく時間が過ぎていく。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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