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1首鑑賞90/365

自転車の青年とゆきあひたる後に何とも甘き残り香がくる
   志垣澄幸「午睡」(梁95号)

     *

におい、というのは実にひとさまざまで、そのうえ自分ではなかなか気づきにくい。体臭、洗剤・柔軟剤、香水、制汗剤などなど、その源はいろいろあるが、知らず知らずのうちにある固有のにおいを人はまとっている。人に指摘されてはじめてわかることも少なくない。同じように、家のにおい、というものも家ごとにまるで違っていて、ひとの家にあがらせてもらって驚くことあまた。自分にとってここちよいにおいが他人にとってもそうであるかは、ただちには断じることができない。不快なものについても同様である。におい、というのはこういう複雑な面をもっている。

掲出のうたは、青年とすれちがったその瞬間にやや遅れて、なにやら甘い香りが鼻にとどいた、ということを言っている。悪臭と言われるようなものではないが、なんとなくここちよくない。それが「何とも」という形容にあらわれている。戸惑いもあっただろうか。このにおいはどこからくるのだろう、としばし考えたであろう。「する」ではなく「くる」という動詞からは、「鼻をつく」ということばを連想する。たちまち過ぎ去ってしまった自転車の青年の、生活、暮らしまでをも思わせるような残り香が、うたの中にも残っている。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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