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1首鑑賞84/365

生きてゐてほしい人からゐなくなり桜は夜にふくらみを増す
   濱松哲朗(塔2018.7)

     *

身の周りの人でも、遠くはなれて接点のない人でもいい。生きていてほしいとおもう人がいる。そばにいてわたしを支えてくれる人。好きな音楽やアニメや映画や小説をつくる人。運動選手。政治家。同級生。見知らぬだれか。なんでもいい。生きていてほしい、とおもう人がいて、誰かが亡くなる報に触れるたびに、またか、とため息が出る。自分だけが生き残ってるみたいでいやだな、となる。あるいはいてほしくない人ばっかり残ってしんどいな、となる。

「塔」誌上には掲出歌をふくむ6首が載っている。「バウムクーヘン」を「食事」とするような日々のなかで、「泣いていい時に泣け」ずに蓄積されていく疲労。「見上げるとたしかに桜だつたのに」だったのに、だったのにがながく反響する暮らし。「簡単につらい」と言って「それ以外」のことばが出ずにつらい、つらいと吐き続ける。そのうえ、生きていてほしいとおもう人からいなくなる。ある種の視野狭窄に陥ってうまれた気のせいかもしれない。夜が明けて、朝がくれば、そういうわけでもないな、となるかもしれない。それくらいには夜という時間の不思議がある。

朝起きて外に出てみる。昨日よりもたしかに桜が花をひらいている。花をつけて日ごと膨らむごとき桜。こんな夜に、膨らみつづける桜のごときものが、破裂せずに、散ったり萎れたりするといいなあ、とおもう。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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