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1首鑑賞59/365

夜ならば暗くてもいい。ひかりから逃げて逃げて家があった
   長友重樹「この中の一人か二人は生理であって」『九大短歌』第七号

     *

夜だから暗くてもいい、と、夜ならば暗くてもいい、ではいくらかニュアンスが違ってくる。前者では夜であることが確定しているのに対し、後者ではそこまでは言い切れない。夜かもしれないしそうでないかもしれない。この際関係ない。でも、夜だとしたら、暗くてもいいよね、と言う。夜なんだから、と。たしかに暗くて当然だ。このあたりで、夜というのがどこかで隠喩めいてくる。それを現実に引き戻しながら読む。ひかりから逃れている。ひかりが嫌なのだ。逃げて逃げてひかりのないところへ行こうとする。暗闇を逃れてひかりを目指すのではない、というところを、過剰に読まないように気をつける。ひかりは今、避けるべきものなのだ。たとえば夜道を歩いていて、家に帰ればそこには灯りをともすことができる。だから家は暗闇に対してひとつの光である。それなのに、たどりついたのは家だった。徒労感がある。と同時に、やっぱり家なのか、という閉塞感もある。暗いほうへ暗いほうへ行こうとする。夜だからそれでいい。それでいいそれでいいと思いながらひかりに背を向ける。そのうち朝が来る、というのが苦しい。夜を抜けるのはむずかしい。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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