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1首鑑賞54/365

またねつて手を挙げしままの永遠がある三月のうち曇る空に
   桜川冴子「グレイヘア」『短歌研究』2019.3月号

     *

またね今度ね、今度いつかな、いつかねまたね。またね、とは別れのことばである。そしてそれは、再会をおもって発せられることばである。でも、いつもそれが叶うとは限らない。もしかすると、叶わないことの方が多いのかもしれない。すぐに会うのなら、またね、は少しおおげさだ。「またねつて」言って「手を挙げ」て別れてそれっきり。それが「手を挙げしままの永遠」ということだろう。そういう永遠が、たしかにある。

三月は卒業の季節である。『短歌研究』3月号に、寺井龍哉のエッセイが載っていて、これがすごく良かった。手を挙げて離れていくものに対して、こちらはそれを見送る側。永遠、ということをおもうとき、置き去り、ということばを思い浮かべる。「うち」は強意。「うち曇る」とするよりほかならなかった、置き去りのこころをおもう。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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