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1首鑑賞41/365

海に来て道に迷えるうれしさの郷愁に似れどふるさと知らず
   馬場あき子『地下にともる灯』

     *

海に来たのだが道に迷ってしまった。その心細さがなんとなくうれしい。道をそれてしまったうれしさ、不安によってどこか自分の感情があらわになっていく感覚。迷子のよろこびだ。それがどこか郷愁に似ているという。ある懐かしさだろう。けれども、と立ち止まる。郷愁、というとき、それは故郷をおもう気持ちなんだけど、わたしはふるさとを知らないじゃないか、と。ふるさとはどこだろう。ふるさとを知らないとすれば、郷愁とは何だろう。この、郷愁と一度は言ってみたこの感覚、この感情はなんだろう、と立ち止まる。

海に来て道に迷える、というところが何となくひっかかる。海に来た、つまりたどり着いたのだから、そこから迷いようはないように思う。海に来ることによって道に迷う、道に迷いたくて海に来る。そうするとどこか「道に迷う」というのに比喩的な気分がただよう。「海に来て」だけが実景、という読み方だ。たとえば人生という道に迷う。でもそれは「うれしさ」や「郷愁」か。どうも結びつかない。ということはやっぱり、「海に来て道に迷える」なのだ。迷いそうもないのに迷う。だからこそ、うれしさが湧く。わ、っと昇ってきた感情をたぐり寄せるように1首が展開される。

あるいは、道に迷ってたどりついたのが海だったのかもしれない。視界がいっきに開ける。海に来たことによって、迷子のうれしさがいま、郷愁のようなものにたどり着いた。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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