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1首鑑賞12/365

紙飛行機はいちまいの紙に戻るだろう このしずけさが恋であるなら
   白水ま衣『月とバス』

     *

この、「紙飛行機はいちまいの紙に戻るだろう」というなめらかなうたい口から、すいーっと、紙飛行機の軌跡が浮かんでくる。おりてくるのか、のぼっていくのか。そしてそのまま紙飛行機は、ごく自然にいちまいの紙に戻るのだ。いちど紙飛行機になったいちまいの紙は、もとのまっさらな紙には、完全には戻りえない(アイロンかけたりするといいのかもしれないけれど)。けれどもうたのなかにおいては、まっさらな、もとのいちまいの紙に戻っているかのようである。あくまで「だろう」なのであって、決して断定しているわけでもないのに。

そこで下の句である。「このしずけさが恋であるなら」とある。上の句がすこし隠喩めいてくる。紙飛行機という立体的な形をしていたもの——それは必ず折られたものである——が、もとのいちまいの紙におのずから戻っていく。「白紙に戻す」という慣用句があるが、似た感触がある。けれども「戻す」ではなく「戻る」なのだ、このうたは。紙飛行機も、作ったのではなく、おのずから成ったのかもしれない。紙飛行機ができたのはいいものの、なにかがちがう。このしずけさはなんだ。恋かもしれない。恋だったら……。そういう思索が見えてくる。

コブクロに「紙飛行機」という曲がある。恋のうたである。おもいをのせて紙飛行機を飛ばすのだ。掲出歌とは逆の立場でうたう。あるいはAKB48に「365日の紙飛行機」という曲がある。人生を、紙飛行機に乗って飛んでゆくことにたとえている。いずれも、紙飛行機はその形を保ってどこかに行くのであり、また飛ばすのであって、それはいちまいの紙に戻ったりしない(それをいちまいの紙に戻したりしない)。戻る(戻す)のはいつか。恋の終わりや、人生の終わりに、である。

ふしぎな魅力をたたえた一首だ。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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