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1首鑑賞9/365

途中からハミングになる鼻歌のやさしいことが悲しいなんて
   生田亜々子『戻れない旅』

     *

なんとなく鳴らしはじめた鼻歌。近ごろ知った曲で歌詞をよく知らないのか、よく知った曲だけど歌詞までは覚えていないのか、あるいは気分的にメロディだけを追いたくなったのか。途中からハミングになる、というのはよくわかる。うたにおいては、今まさにそういう鼻歌を鳴らしていてもいいし、そうではなく、途中からハミングになる鼻歌ってあるなあ、と思い浮かべているだけでもいい。ともかく、そういう鼻歌があること、そしてそのひとつ場面が提示されている。それを〈の〉でつないで下の句へ展開する。

この〈の〉にはいくつか用法がある。具体→抽象、抽象→具体、あるいは景→情、情→景をつなぐ用法。また、並列の用法。などなど。このあたりいつか具体例を挙げながら整理しておきたいとおもうが、ここでは景→情あるいは具体→抽象と並列の用法の、中間的な使われ方をしているようにおもう。途中からハミングになる鼻歌ってあるよね、で、それと同じような感じで、やさしいことが悲しいってこともあるよね、というふうに解釈すれば並列である。一方で、途中からハミングになる鼻歌というものが、やさしいことが悲しい、ということの具体例として提示されているとおもうこともできる。途中からハミングになる鼻歌、という現象を突き詰めていくと、やさしいことが悲しい、に行き当たるという読みもある。いずれにしても上の句と下の句は同じ温度を共有しながら、それぞれちがった方向からある感じを伝えてくる。リフレインということばをぐっと広げて考えると、ここにはある種のリフレインとも呼べるような効果がある。

やさしいこと、そのやさしさ(たとえばそこで歌うのをやめずに、ハミングに切り替えてでも歌いつづけようとすること)が、それゆえに(たとえば歌詞が出てこないということや、歌詞をつづけたくないということをはっきりと突きつけてくるがゆえに)悲しい、ということが確かにある。

なんだか切ないなあ。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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