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本田一弘『あらがね』(2018年)

帯に大きく「福島よ!」とあって、まずおどろいた。そこに「地(ぢ)の声の始源性を呼びもどし/ふたたびの安穏がやってくるまで/みちのくの骨太い詩魂が歌い継ぐ。」(/は改行を表す)と文が添えられている。背筋がのびる。

読んでみると、まさに帯文の感じで、「声」や「骨太い」や「詩魂」「歌い継ぐ」というのが、その通りに伝わってくる。歌集の始めから終わりまでが、そのトーンで貫かれている。『あらがね』というタイトルそのものであり、なにか揺るがない信条・信念のようなものが歌を動かさないようなところがあるのだ。一首が、石のような堅さや重さで立っている。

この読後感はこれまで経験がないな、とまず思った。そして、そのせいか、一方ではどこかで弱い部分や、動く部分や、透けてみえる部分を望むようなところが、読みながらあった。

     *

そういうわけで、この歌集の本線とはいくぶん違うところでぐっときたのが、歌集も終盤の「開運橋」という連作である。

旭橋、夕顔瀬橋、開運橋 北上川を掻きいだく橋

北上川は東北一の大河である。実際に地図をたどってみると、JR盛岡駅そばに開運橋がある。そのひとつ手前に旭橋、さらにもうひとつ手前に夕顔瀬橋がある。三つ並んだ橋なのだ。旭橋に立って、両サイドに夕顔瀬橋、開運橋を見ているような構図か。北上川の規模(長さ・大きさ)を思えば、この三つの橋を含む光景は全体のごく一部分のところである。その具体的な橋の名前を列挙するところからうたい起こされる。三つの橋のほかにもあまたの橋にいだかれて、北上川がある。盛岡駅周辺の北上川にかかる三つの橋——そこを起点にして、北上川の全体を、あるいはそこから東北の全体をも見るような歌だ。「搔きいだく」という動詞にも、その眼差しがあらわれている。

さて、連作の舞台は盛岡である。

歌を詠む少年たちを迎へたる北上川の水面光れり
みづからの歌のおもひをまつすぐに語る高校生のこゑ愛(は)

このあたりでおうおう、と事態がわかってくる。短歌甲子園だ(今年は明日かららしい)。各地から高校生が集まってくる。「迎へたる」「水面光れり」「こゑ愛し」などに気分があらわれている。ここでも帯文にあった「あらがね」感は確かにあるのだけれど、それありき、というのではなくて、それよりも目の前のことに反応している感じがある。あくまで「あらがね」感は背後にうっすら流れているのであって、ここでは、いまここの空間や感情が先行している感じを受けるのだ。いかにも現場、生、という感じがする。理屈の部分を経由せずに、目の前の対象に反応しているような。お、これまでとなんか違うぞ、となってくる。

もしわれが十七歳であつたなら二十分ではたうてい詠めじ

さらにもう一歩、高校生のほうへ踏み込んでいく。自分のこととして想像してみる。制限時間のなかで新作をつくるのだが、その「二十分」を自分ならどうか、と考えている。「たうてい詠めじ」は、謙遜というよりは羨望というふうに映る。憧れであるかもしれない。

それぞれに歌の持ち味引き出だす田中拓也の温(ぬく)ときことば
わんこそば食ふ少年ら少女らを目守(まも)れる小島ゆかりの笑顔

このあたりでいよいよ連作が膨らんでくる。田中拓也、小島ゆかり、の固有名詞が入ることによって、また、それぞれのキャラクターが描かれることによって、人物が動きだす。高校生の様子も見えてくる。会場全体の雰囲気が伝わってくる。

短歌甲子園終はればこの年の夏が終はるとゆかりさんいふ

ここが一番じんとくるところ。当然、連作の終わりも予感されてくる。

    「この橋を渡るときには目をつぶり願ひごとを唱へるといい」
八月のゆふべの開運橋を吹くしろたへの風よろこぶわれは

連作冒頭の「開運橋」にもどって、連作が閉じられる。ふたたびやってくる「われ」の時間。一首目の立ち姿とはちがった視線がある。どこかまだかたかった体が、一連を通してやわらかくなったような感じだ。ふっと息がもれるような安堵がある。そこにはおのずとさみしさも滲む。詞書が、「開運」ということに寄り添いながら、それが鼻につかないのは、一連の構成によるところも大きいだろう。

     *

8首からなる小品であるが、強く印象に残った。



※歌の引用はすべて歌集『あらがね』(ながらみ書房、2018年)に依ります。
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プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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