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ことばの拡散

新型コロナウイルスをめぐるあれやこれやのなか、手探りのことばが拡散するようで注視している。新型コロナウイルス、ウイルス、ウィルス、Covid-19、コロナ、コロナ菌、新型コロナ、疫病、感染症、新型肺炎、コロナ禍、コロナ変……。

人がみなひとりひとりに立つホームみんなみんながマスクを掛けて
   中野昭子

「歌壇」2020年6月号「鈴が鳴る」12首より。「マスクを掛けて」の「掛ける」という動詞がいい。マスクをする、しないからもう少し仔細なところへはいっていく感じ。このあたり、他にもどんな固有名詞を使うか、どんな動詞で受けるかなど、しばらくはことばの拡散がつづくだろうとおもう。いずれはしかるべきところに落ち着くのかもしれないが、今はまだ、どこか生なことばの感触があってこころを動かされている。
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5月の連作

2020年5月の諸誌紙から、気になる連作をピックアップします。(順不同)

     *

篠弘「冬のいなづま」28首(角川「短歌」5月号)
〈個室へと朝より移りたりしよりここに旅立つことも思ひつ〉〈手術せし痕いたみしがこの昼より添削をする心をうつす〉など。自然な呼吸のなかに措辞のバリエーションがあって読み応えがある。

小池光「ことしの春」28首(角川「短歌」5月号)
一首目から〈暗黒疾走の「はやぶさ」にありて岩波新書『独ソ戦』をばむさぼり読みつ〉と仕掛けにくる。一首一首のたくらみのおもしろさ。

前田康子「桃いろやさしき」10首(角川「短歌」5月号)
〈十五銭は銃後の護りとも言われると解説あればみな感心す〉の「十五銭は銃後の護り」のような情報が並び、一連の印象をつくっている。

花山周子「正常 二〇一九年十月〜十二月」24首(「現代短歌」5月号)
〈ビリーヤードの二百万円のキュー並ぶ 想像のほかのお金の使い道〉〈ふいに寝つける娘の顔はふくらんで幼子となる静かな時間〉、核心にいきなりはいりこむ視線その文体。

小島ゆかり「丘」20首(「歌壇」5月号)
肉感のある比喩が、一連の光景を歪にえがく。〈曇り日はまなぶた重し古びたる眼球に似る春の太陽〉。

屋良健一郎「灯下を帰る」10首(「短歌往来」5月号)
一連にごくしぜんな流れがあって読ませる。〈薄れゆく草のにおいを妻は言うおさなは転ぶことなく駆けて〉。

棚木恒寿「大試験」10首(「短歌往来」5月号)
〈ある人はウイルスに「全力で」「ますます加速して」「まさに今」取り組むと言う〉。歯切れのある一連。

前田康子「伝染(うつ)る」7首(「短歌研究」5月号)
同じ作者の先の連作と似たつくり。〈人間を集め処分することはできぬ十三万頭の豚みたいに〉。

本田一弘「三月一日」7首(「短歌研究」5月号)
シンプルだが、透き通るような口調がある。卒業式の一連、〈マスクする子らもマスクをせぬ子らも名を呼ばるれば竹のごと立つ〉。

藤島秀憲「はずしに」7首(「短歌研究」5月号)
一首目〈あるべきが一枚もなき棚を見てしずかな町を帰る日の暮れ〉、マスクのことだが、この抑制がいい。一連全体にも言えることだ。

平岡直子「投稿」7首(「短歌研究」5月号)
〈松の実が乗っているピザとかはどう 友だちは外国で傘のよう〉〈つるつるの折り込みチラシが反射してわたしは太平洋より小さい〉〈今はもう使われてない鐘楼のように手ばかり洗っているよ〉。一首一首の粒のたしかさをおもった。

日高堯子「春猫」7首(「短歌研究」5月号)
〈水仙の葉叢をとほりぬけながらふと花を嗅ぐ春のとら猫〉。春の猫がぽつぽつあって、一連をおしすすめる。

花山周子「うちにとっては」7首(「短歌研究」5月号)
この題そのものに作家性をみる。〈突然の休校となり学校の全ての荷物子は背負って来つ〉〈沖縄に行く計画が持ち上がりわれがぽしゃらせた元気がなくて〉。

花山多佳子「天狗笑ひ」7首(「短歌研究」5月号)
〈何時ですか わが自転車を止めて問ふ少年四人 春のまひるま〉。学校が突然休みになってこんな時間がうまれた。

野田光介「どんがら」7首(「短歌研究」5月号)
〈卓上のとろろ昆布を風呂あがりの二本の指につまみて食えり〉、「二本の指に」のつまみ食い感。一首おおらかにして仔細なところがある。

武田穂佳「ツインソウル」7首(「短歌研究」5月号)
〈ハートの電飾見つけただけで恥ずかしい君とふたりで歩いていたら〉〈会わなくていいもう喋らなくていいただ山があるようにいつでも〉。ワンテーマでひといき、という感じ。密度がある。

染野太朗「味噌を作る」7首(「短歌研究」5月号)
はじめてということ、今の感情と光景があわさるようできらめきがあった。〈ひと晩をみづに浸ければまんまるの大豆が楕円 三月の朝〉〈百均で買つた小型のマッシャーの存外に良し汗してつぶす〉。

島田修三「忘れたいのに」7首(「短歌研究」5月号)
〈エゾマツの幹ずぶときが寒のきはみ縦ざまに裂け叫喚するといふ〉にはじまるごつめの一連。

さいとうなおこ「水菜の束」7首(「短歌研究」5月号)
挽歌一連。〈泣き顔を見たくはないと言うだろうゆうべ水菜の束のつめたさ〉〈夫の椅子傾けぼんやり見ておりぬ逆光の部屋動くものなし〉。

佐佐木幸綱「一茶の孤独」7首(「短歌研究」5月号)
一首目〈蚊や蚤や蠅が飛ぶ句の俳人は五月五日の信濃の生まれ〉の「俳人」は三首目でやっと「一茶」と名前が出てくる。連作ならではとおもう。

小島なお「早送り」7首(「短歌研究」5月号)
〈自動ドアに映る自分が真ふたつに割れて居合刀提げて入る〉〈なぞりつつコップの縁に円を描く円は終わらず戦争思う〉。結末にむかいながら唐突にイメージがかたまる。

小池光「ダウラギリ」7首(「短歌研究」5月号)
下の句でふっと浮上する、あるいはひねりつぶす、そういう一首のあり方に注目する。〈「掃部守」はかもんのかみと読むことを父に習ひぬ春くれば花〉〈「色」の字は男女交合のさまを象形す淡雪ふりて消えゆきしかな〉。

工藤吉生「乳首」7首(「短歌研究」5月号)
一首の核がむきだしになって立っている。〈タイトルを「乳首」とつけて書き込んだ目立ちたがりの過去はずかしい〉〈音楽がなぜ好きなのか考えて暗い呪術に思いは及ぶ〉。パズルが完成したような爽快感がにじむ。

大島史洋「すすり泣き」7首(「短歌研究」5月号)
どこか親近感のようなものをおぼえつつ読んだ。〈サルスベリ墓のかたえに咲きおれば寄りゆきて座る墓と並びて〉。ひとつことを言って、そこから遠くへいかずもうすこし押すような味わい。

     *

ほかに5月に読んだ連作から。

小山加悦子「弟よ」15首(「玉ゆら」vol.68、2020.4)
大きな時間軸のなかで、こまかな場面が点々とうたわれる。〈釣り好きの弟の捌く鯵のさしみ夏バテの父の箸すすみたり〉。

北村早紀「白の跳躍」20首(「遠泳」、2019.1)
〈人並みにやんちゃもしたさ、それほどでもないけど言えば馴染めるかなあ〉など。一連をとおしてひとつ心情がうたわれる。

橋爪志保「息の根を呼びとめて」30首(「のど笛」、2020.1)
これも一本筋のとおった一連。〈後ろ前に着たらくるしい首元のやわらかければいいのにな死が〉。

平出奔「その時代のことはあまり知らない」30首(「のど笛」、2020.1)
一首一首がスピーディーで読まされる。〈王将で学歴のことを話してて酢豚は2じゃ割れないと思った〉〈知っているネタで若干追い越して笑っていたらオチが違った〉。

特集「渡辺松男」目次(「短歌往来」2013年10月号)

32-33 扉、写真

評論
34-41 三枝浩樹 歌のアウフヘーベン——渡辺松男を試論する
42-45 山田富士郎 エスノセントリズムを超えて——「へりくだる」人
46-49 川野里子 「ありがとう」と言う者・・・・渡辺松男の「私」

渡辺松男のキーワード
50 大野道夫 木
51 藤室苑子 食と哲学
52 光森裕樹 限りある生への意識をめぐって
53 大松達知 帰るべき場所としての空

渡辺松男の五首
54 佐藤通雅
55 佐伯裕子
56 三井修
57 小島ゆかり
58 柳宣宏
59 沖ななも

渡辺松男のうた50首抄
60-63 江田浩司 選

略年譜
64-65 尾﨑朗子 編

やまなみ(2020年5月号)十首選

歯の治療今日で終りと言われたりこんな嬉しいことがまだある
   野田光介

寒の雨ひそやかにして庭石を掃きたるほどに今朝濡れのこる
   古賀弓子

病院にあれど朔日はお赤飯百グラムゆつくり心して噛む
   井手政子

目標はと聞かれうっかり答えたり杖なし歩行五百メートル
   藏本ミチ子

老いてゆく事もこの頃あきらめぬまた誕生日良いではないか
   久田恒子

あと十年あなたと話がしたかった嬉しいときも困ったときも
   井口登志子

奥まった眼(まなこ)をさらにくぼませて別れにきたる平さんかな
   相良信夫

手をさすり手を握りしめ友と見るホスピスに咲く雪柳の白
   加藤三知乎

「太陽がいつぱい」の女優マリー・ラフォレ八十歳にて死す 吾も老いたり
   近藤久美子

新生姜は気持まっすぐせめてくる失いしもの無きがごとく
   前川美智子


(順不同)

乾電池

乾電池は電気を溜めるちさき池 パジャマで池を捨てにゆく夜
   小島なお『展開図』

捨てにいくのは乾電池なのだが、いまそれを「池」といって、さらに「池を捨てにゆく」と重ねることで詩情がうまれている。「乾電池」が「電気を溜めるちさき池」になり、さらに「池を捨てにゆく」と飛躍していく。リフレインによるイメージの更新あざやかに一首がともるようだ。

ここで〈飛躍〉ということばを使ったけれど、歌集のタイトルやあとがきの文言(帯にも記されている)から〈展開〉ということばを選ぶこともできる。むしろそのほうが実感に沿うかもしれない。見立てをやりなおしてみることで、そこにあらたな一面がひらかれていく。「そこから何度でも体験しなおし」てみることができるのだ。

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎『温泉』ご購入はこちらから。現代短歌社のオンラインショップです。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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