FC2ブログ

1首鑑賞334/365

つる草にまるで喰われているようなアパート 秋はおしゃれもしたい
   武田穂佳「スケッチブックの絵」「短歌研究」2019.11

     *

つる草に覆われているアパートを「まるで喰われているような」と言って、無抵抗の、喰われるがままのアパートである。喰われたら喰われっぱなしなのだ。じっさいアパート自身にはどうすることもできない。しかし「わたし」にはできる。「秋は」の「は」、「おしゃれも」の「も」、そして「したい」には、いずれにも能動の気持ちがあらわれている。アパートと対置して、「わたし」に内的エネルギーが湧いてくるのがわかる。それにアパートは、つる草に覆われて(覆われっぱなしで)「おしゃれ」じゃない。そういうわけで、「わたし」にじっ、っと力がたまるのだ。
スポンサーサイト



短歌日記334/365

8時起床。95.8キロ。来年はすこしずつ借金を減らしたい。

     *

「お金 すぐ 欲しい」で検索してみればだんだん今日の酒あきらめる

1首鑑賞333/365

予定地に光の柱のぼらしめ宗教画めくマンションチラシ
   笹公人「伝承されない民話のように」「短歌研究」2019.11

     *

「マンションチラシ」で画像検索するとわかるが、ここにマンションが建ちますよ、というのを示すのに、その完成予想図ではなく、「光の柱」がえがかれているものを見かける。じっさいわが家でも、郵便受けにそういうチラシが入っていたことがある。「いいもの」が建つ、というイメージを与える「光の柱」なのだろう。そこに素敵な文句など添えてあって、なかなか見入ってしまうものだ。熱量に押されるというか。ある種の「宗教画」にある光あふれて幸に満ちた感じだったり、それとはちがって荘厳、神聖な雰囲気だったり、たしかに「宗教画」の構図がうっすら透けて見えてくる。「塩の柱」というのはあっても、「光の柱」と一言でずばり述べて的確かつ、宗教画というものともなじみあうところ、巧みな一首である。「のぼらしめ」というのも神の采配のようにおもわれてくる。短歌では、明示されない主語は「われ」であることが多いが、英語におけるそれは「神」ということになるだろうか。そんな余談もあるいは連想される。

短歌日記333/365

10時起床。95.9キロ。午後、月評を仕上げて送付。今年のことは今年のうちに。

     *

キャンプのうた「楽しいつどい」はをりをりのこころに昇る誰も彼も忘れて

1首鑑賞332/365

ザ・リガニーズ「落葉の季節」聴きながら感傷いいぢやんと思ひそめにき
   島田修三「夢のやうに良夜」「短歌研究」2019.11

     *

ザ・リガニーズとは、「ザリガニ」ーズ、ということだろうが、「落葉の季節」という曲がある。調べてみると1968年の曲。YouTubeにも動画があがっている。早稲田大学のバンドサークル由来のグループで、聴いてみると、いわゆるフォークソングのようだ。聴きながら、「感傷」ということにうなづく。

島田さんには近詠に

あはれあはれ「白い桟橋」のモノラル盤しぐれつつ聞こゆYouTubeの淵に
   「いいなあ長嶋」角川「短歌」2019.11

という一首があって、下の句に味わいがある。YouTubeの「淵」というのが、YouTubeとの距離感をおのずと示しつつ、「しぐれつつ聞こゆ」とあいまって洒落た感じを醸しているのだ。

掲出歌、「落葉の季節」はYouTubeで聴いたかどうか、この一首もやはり注目するのは下の句である。「感傷いいぢやん」という甘い感じを許しはじめた、その淡い心持ちの変化がさりげなくうたわれる。「思ひそめにき」というのには、どういうわけか、ちょっとした照れのようなものが漂う。「感傷」というのもまあ、悪くはないな、という具合だろう。字余りのこぼれたというか、くだけたというか、そういう感触も、一首のムードを支えているようにおもう。

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎『温泉』ご購入はこちらから。現代短歌社のオンラインショップです。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR