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1首鑑賞240/365

吊革を握りたるまま眠りをりまだ背の伸びる少年たちは
   栗木京子『ランプの精』

     *

電車かなにかで、吊革に手をかけたまま眠って立っている少年の一群を見た。「まだ背の伸びる」という眼差しが、一首の核にあたるだろう。前に引用した

少年の横顔へ射す夕影よもうすぐ失ふなめらかな喉
   森ひなこ『夏歌ふ者』

をおもいだす。こちらは「もうすぐ失ふ」という視線。「失ふ」と「伸びる」でいくぶん方向性はちがうのだが、見ているのは「なめらかな喉」であり、少年たちの「背」であるから、そこに共通のこころを読みとることはできよう。見るうたであり、「見られる」うたである。その生々しい視線にややのけぞりつつ読んだ。

短歌日記240/365

11時起床。94.5キロ。『平成じぶん歌』(「短歌研究」編集部=編)を読む。

     *

吠えてゐるだけでよかつた二十代さりながら夏のあとの長雨

1首鑑賞239/365

夕闇は貴船神社の石段に迫りて人のくるぶしを消す
   桜川冴子『さくらカフェ本日開店』

     *

夕陽が落ちて、しだいにあたりが闇に包まれる。陽の差していた石段からもおのずとひかりがひいていき、入れ替わるように闇が満ちてくる。「人のくるぶしを消す」にひやっとする。人を、人でないものに変えていくかのような、濃い闇の気配が伝う。闇がおおってしまうひとつ手前の、だからこそ印象強い闇の触手が、石段に及んでいるのである。闇にさらわれる。足早になる。

ただ、1首の視点はいかにも冷静である。そのことに、もういちど、ひやっとする。

短歌日記239/365

12時起床。94.6キロ。連日の雨。映画「命みじかし、恋せよ乙女」「HOT SUMMER NIGHTS」「永遠に僕のもの」を観る。

     *

おもひがけずセットにスープが出てきたりお昼のカットステーキに添ふ

1首鑑賞238/365

冬瓜といふにあらねど衰ふるからだに人の味がしみ入る
   桜川冴子『さくらカフェ本日開店』

     *

冬瓜の、やわらかい感触、しみこんだ味のあふれ出すしゅんかんを思い出す。「といふにあらねど」とはあるが、おのずから、あの口触り、味わいが浮かんでくる。まるで冬瓜のように、すーっとしみ込んでくる「人の味」。ふだんはそうでもないのかもしれない。「衰ふるからだ」なればこそ。「しみ込む」でなく「しみ入る」であるところに、冬瓜とわたしが重なる。

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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