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短歌日記149/365

11時起床。93.3キロ。『今はじめる人のための短歌入門』(岡井隆、KADOKAWA)を読む。

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殺されてゆくいちにんをとり囲み映す動画をわれは見て居り

1首鑑賞148/365

おさらひのつもりで妻にさよならと言へばにはかに悲しみ溢る
   岩田正『柿生坂』

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今際にベストの「さよなら」が言えるように、イメージトレーニングよろしくちょっと言ってみたわけだ。「おさらひのつもりで」に小学校も低学年の雰囲気がこもる。なかなかこんなことやらないだろうと思うし、それを「おさらひのつもりで」なんて言っているところも、なんだか尋常でない感じがする。けれども、このおどろけるようなところが岩田正のうたにはあって、だからこそ「にはかに悲しみ溢る」が説得力をもつ。「ちょっとやってみた」つもりが、思いがけず、それらしくなってしまった。その落差に、当の本人もおどろいている。

さりげなく別れきにしがおそらくはこの友とも永久(とは)の別れとならむ

「友」との現実的な別れもある。「さりげなく」別れたが、「また」はないだろうと振り返る。妻の場合には「おさらひ」をして練習してみるけれど、友の場合は「さりげなく」である。ここに「友」との距離感、「妻」との距離感がおのずから滲む。友とは友との別れ方があり、妻とは妻との別れ方がある。そこに当然、善し悪しのちがいはない。差異を見つめることで、それぞれの距離感がよりくわしく届いてくるような気がする。

短歌日記148/365

10時起床。93.9キロ。『おんぶにだっこ』(さくらももこ、集英社)を読む。

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見ずに済むならばその方がいいことを捜して辿つてまた読んでゐる

1首鑑賞147/365

眠つても眠つてもまだ眠りたいああ死とはこの眠りにあらむ
   岩田正『柿生坂』

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永眠ということばがあって、そこでの永遠の眠りというのはいくらか比喩の感じがあるが、掲出のうたの場合は比喩でなく永眠、という感じがある。それは「ああ」によって引き受けられるような「眠つても眠つてもまだ眠りたい」体の感覚からくるのだとおもう。この「眠りたい」がどんどん引き延ばされていって、いずれ、目を覚ますことができなくなる。それが「死」というものだと直感する。

心配ごとあれば心は緊張す心配ごとはわれを生かしむ
電話すれば死のまぎはなる声細く「暗い暗いの」と青井史のこゑ
わが心奮ひたたすに理由なし奮ひたたねばわれはあやふし
息とまればわれはあらざりそのわれの焉り知りたし息なきわれを

こういううたが歌集には並ぶ。「心配ごと」や「奮ひたた」せるものが、心の「緊張」を生み、生を保つ。そのことを強く意識しつつ、一方では「暗い暗いの」の世界、「息なきわれ」を想像する。強く思ってみようとする。掲出の一首も、死の側へ引き寄せられていく自身の体を生の側へとひきとめつつ、一方では強く、死のほうを、死というものを見詰めている。

短歌日記147/365

9時起床。93.2キロ。全国大会2日目。

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本質は乞食のわたしそれつきり会へなくなつたいくたり光る

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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