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短歌日記118/365

眠たくなったら寝る、という指針にしたがって早く寝た結果、今朝は6時頃に目覚めた。もう眠い。

     *

唐揚げがおかずのときは少しくらゐやはらかいはうがいい白ごはん

佐伯裕子『感傷生活』(2018年)〈1〉

1章(2011〜2014)について書く。

     *

感傷生活という題にまずおどろいた。ずいぶんストレートというか、無敵な感じがする。題からしてこうであるから、うたも真っ当真っすぐで、引きたいうたが多すぎて、何度も書くのを断念した。それで1章と2章に分けて書くことにする。

他人(ひと)のなかに流れる悲哀に入り込みあたかも泣かんとしたるはわれか
雪やなぎの無数の枝が感情の弱いところに触れてくるなり
人が人を大衆的と呼ぶときの唇がいやでならなかったな
街を行くときの日傘は白がいい思い出などをぱっと弾いて

こういう「感情」のうたが目に留まる。感情のこまかな差異を見つめ、また、嫌なもの苦手なものは明確に「嫌」「苦手」といい、またよきものにはうっとり感情をながしこむ。感傷と言われるとそうかもしれないが、そういうことは承知で『感傷生活』という一冊があるわけである。

     *

わははとおもわずわらってしまったうた、おどろいたうたなどを以下に挙げる。

栄養的ドリンク剤を流しこみ別れを一つ受け止めている
建物まるごと洗われている傍らに太き桜の幹が濡れおり
『罪と罰』読む体力が欲しくなり春は走ってみたりしている
かたまって咲く少年と少女たち風吹けば風にかすかに揺れる
ストレッチャー夏の終わりの手が二本見慣れた足が二本すぎゆく
「上等じゃねえか」と喚く「上等」の意味考える車中のけんか
硝子玉をサファイアと信じこめる日の心の仕組み美しかりき

1首目、栄養ドリンクではなく「栄養的ドリンク」であり「ドリンク剤」である。2首目、これはおかしいのとはちがうが、「建物まるごと」という大柄なうたい出しにおどろく。また、それによって引き立つ「太き桜の幹」の存在感が異様だ。3首目、ふたつの「体力」がある。4首目、少年少女が屯しているところ。下の句に納得する。5首目、人というよりも人体のほうに視線が向いている。そうなってしまう心情をおもう。6首目、連作のなかの1首で、車中とは電車のなかのようだ。他人の喧嘩の話。「上等じゃねえか」なんて生では聞いたことないけれど、その「上等」ってなんだ、とふとおもったわけである。7首目、「心の仕組み」という述べ表し方にひかれる。

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母のうた、息子のうたに、印象にのこるものが多かった。

眠るのは逃避と言われし若き日よ咎めし母も老いて眠りぬ
膝ついて母の靴ひも結ぶときもう歩かない靴に鈴あり
プラスチックの器のように砕けない娘とおりて母は退屈
いつまでも母が居るからいつまでもわたしは娘そういうことね
静けさの母までつづく光ありただ真っ白な廊下なりけり
日当たりに乱反射する遺品たち母は何かになったのだろう

1首目は母と子の立場の逆転をうたう普遍的な(様々な人に類歌をみることができるような)うた。その寂しさは、2首目の「鈴あり」にそのまま通じる。4首目の「そういうことね」という呟きが独特。ここにはため息もまじるか。5首目、6首目は亡くなったあとのうたである。

子と二人寝とおした日の夕ぐれのひとりの視野に垂れる電線
昼なのに起きない息子を呼びたてる寝ていても悲しいだけなのだから
職もたぬ子に老い深き親の話ニュースなどでも見たことがある

息子のうたは2章にもつづくのでここでは3首のみ引く。1首目は「寝とおした」の複合動詞が印象的で、2首目の「起きない息子」に母の共感がいくらかまじっているように映るのは1首目の影だろう。3首目、「ニュースなどでも見たことがある」出来事が、いま実際にわが家でも起きている。

1首鑑賞117/365

川幅のように思いてわたる道ゆうぐれは町の面(おもて)が光る
   永田紅『春の顕微鏡』

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ゆうぐれの町の入射角ちいさく差す陽のひかりが、道を川面のごとくに映す。その道を、わたしはこちらからあちらの岸へ、まるで川面を歩くようにしてわたる。特別な気分だ。大きな道は大きな川を、小さな道は小さな川をおもわせる。きらきらとして光の粒がまばゆい。「町の面」ということばがうまれた。

短歌日記117/365

朝からひとつ天神で仕事。もどって洗濯物を吊るし、ゴミをまとめ、ばたばたと出勤。アイスコーヒーばかり飲んでいる。

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「すいみん不足」といふ歌ありて睡眠の不足せる朝の陽気をうたふ

1首鑑賞116/365

頬髯の霜柱立ち精神科患者の父の三十年過ぐ
   小島ゆかり『純白光』

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淡白に告げられる「三十年」という歳月が重い。「頬髯の霜柱」というのは、白い髯のことだろう。歳月が過ぎ、頬の髯もことごとく白くなってしまった。「精神科患者」の「三十年」というものがどれほどのことか、想像もつかないが、厳しくもどこか安らかなところのある一首である。

詞書のような日記部分には「父はもう待つことができないから、わたしはいつも朝6時半から病院の窓口に並ぶ。1番か2番の受付番号をもらうため。」とある。この人にとっての三十年もまた、一首のなかに張り付いている。

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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