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歌集続々

歌集が次々に刊行されていて、なにもかもが追いつかない。

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小佐野彈さんの第1歌集『メタリック』の情報をゆうべ知った。5/21発売、野口あや子さんと水原紫苑さんが解説を書いているとのこと。Amazonの紹介ページには

「『メタリック』、凄まじい迫力で向かって来る歌集でした。 解説も覚悟して書きました」──解説・水原紫苑

とある。受賞作、受賞第1作、あるいは角川「短歌」での連作を読んでいるだけだが、この「迫力」という評言はわたしのなかには湧いてこなかった。どんな歌集になっているか、どんな歌があるのか。小佐野さんの歌についてはいろんな評者が長く批評を繰り返していて、それもうっすらとしか追っていないので、どこかで手をつけなくてはなあと思う。

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岩田正さんの歌集『柿生坂』は5/25発売らしい。遺歌集ということになるだろう。岩田さんの作品は歌集単位では読んだことがないので、これを機に少しずつ読んでいきたいなと思う。角川「短歌」追悼号では、馬場さんの挽歌一連に厚みと迫力を感じた。一方で『思川の岸辺』(小池光)のような構成にも惹かれる。何が起こったかではなく、そのことによって〈現在〉の〈私〉がどのように感じ、何をして、どういう存在の仕方をしているのかを述べる。そのことによって翻って「何が起こったか」が想起される。そういう作りの歌集であった。話をもとに戻すと、染野さん選で岩田さんの歌をまとめて読めたのもありがたかった。ユーモアとはなにか、ということも思う。

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新鋭短歌シリーズは第4期第一弾の3冊が刊行された。第3期までで既に36冊が同シリーズから歌集が出ている。第4期が終われば48冊。この数のことを思う。今回の3冊は初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』、ユキノ進『冒険者たち』、千原こはぎ『ちるとしふと』である。初谷さんのことは去年Twitterで知って、いくつか歌を読みながら唸ったことを思い出す。歌集として1冊にまとまったらどんな姿になるだろうか。ユキノさんは大学の先輩でもある。仕事の歌、ということで言えば堀合昇平さんの『提案前夜』と重なる部分があるだろう。しかし、そこにユキノさん独特の別の世界が織り合わされるはずで、その部分を楽しみにしている。千原さんは完全にはじめまして。プロフィールには「2010年7月からTwitter上での作歌を開始。「短歌なzineうたつかい」編集部、「鳥歌会」主催」とある。どんな歌が並んでいるのだろうか。

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穂村弘『水中翼船炎上中』は5/23発売。17年ぶりの歌集という。目次を見る限りでは知っている歌のほうが多そうではあるが、どんな姿になるのかは想像できていない。穂村さんのことだから、何か仕掛けがあるのだろうけれど。「tanqua franca」での寺井さんとの対談も、穂村さんのいろんな部分が引き出されていて面白かった。作家が作品以外のところで何か話したり書いたりしたことを、そのまま作品の読解や鑑賞に結びつけるのには慎重でいたいが、そういう読み方をすることで見えてしまうものもある。そのあたりも楽しみである。「短歌研究」の作品季評での発言なども読み返しておきたい。

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現代歌人シリーズからもぞくぞく歌集が出ている。雪舟えま『はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで』が出て、加藤治郎『confusion』は5/1発売、大森静佳『カミーユ』は5/18発売とのこと。雪舟さんは『たんぽるぽる』を読んでいる。加藤さんは『噴水塔』『しんきろう』『雨の日の回顧展』までしか読んでいない。初期作品に全然触れていないことになる。アンソロジー等で知っている歌はあるが、歌集のなか、連作のなかにあるとちがう立ち姿をしているものである。どこかで読む機会を作らなくてはなと思う。大森さんの第1歌集『てのひらを燃やす』はもう手に入らなくなってしまった。

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山川藍さんの『いらっしゃい』が大きく展開され、また話題にもなっている。まひる野の方である。「履歴書の写真がどう見ても菩薩いちど手を合わせて封筒へ」という歌をあちこちで目にしていて、「どう見ても菩薩」という把握から「いちど手を合わせて」へまでいたるキャラクターや歌の作りにひとつの特徴があるのだろう。花山周子さんを思ったが、ひとつの歌から何もかもが言えるわけではないので、なにはともあれ歌集を読むところからだ。

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今年は他に辻聡之さんの第1歌集も出ると聞く。石川美南さんの歌集も出るとか出ないとか。他にも毎月のように歌集は出ていて、そのすべてを読もうと思うと大変なことになる。どうしたものかなあ。情報を追えないとこもある。
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お待たせしました

大変にお待たせをして申し訳ありません。
昨年の秋のキャラバンで作った800首とエッセイをまとめた小冊子が完成しつつあります。
(作るだけならなんてことないと思っていましたが、こんなに整理・編集が大変だとは思っていませんでした……。)

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4つのコースから選んでお申し込みいただいておりましたが、それぞれ以下のようにまとめております。

ア 山下翔詠草集3『身は秋の』 150首抄

イ 山下翔詠草集4『咳をかかへて』 250首抄+エッセイ5篇

ウ 山下翔詠草集5『重いやうな軽いやうな』 400首抄+エッセイ8編

エ 山下翔詠草集6『胸をゆらして』 800首+エッセイ16編

いずれも、5月28日(月)に一斉に発送する予定です。

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当初、年内には……と言っていたのですが、少し整理してはほったらかし、また少し整理してはほったらかし、という感じでなかなか完成の目処が立たずにおりました。すみません。ようやく、最終段階に入りましたので、お知らせしております。もう1ヶ月ばかりお待ちくださいませ。

吉川宏志『海雨』(2005年)

前歌集の『夜光』にもぽつぽつ見られ、つづく『海雨』においても頻出するのが「かな」による三句切れの歌である。

おさなごがテレビに貼りしシールかな筑紫哲也の顔に影浮く
冬の日は器ばかりが目立つかな茶碗に藍の草なびくなり
りんご包む網(ネット)のような帽子かな日暮れの庭に祖父は出ている
五階より見れば大きな日なたかな墓の透き間を人はあゆめり
泣き顔を丸めて笑う子どもかなこのたやすさはいつまで続く

1・2・4首目はそれぞれ「テレビに貼りしシール」「器」「大きな日なた」を上の句で話題として出し、それからその仔細を下の句で述べていく。大まかな状況やフレームをまず提示し、しかるのちさらに着眼するべき1点へ迫っていくこの方法は、古典的ではあるが現代短歌の今においても形を変えてさまざま使われる方法の1つである。「かな」といういかにもな切れはともすると滑稽へかたむきそうだが、そのかすかにユーモアがにじむところが、歌集全体をおおう陰鬱とした雰囲気にあっては目を引く。3首目は逆に、ある1点に注目させておいて、そこから大きな状況へと引いていく。

5首目だけがすこしちがっていて、構造や技術とはちがうところで「かな」が響いてくる。この歌のひとつ前に〈わが蹴りしボールをすこしためらいて蹴り返すなり泣いていた子は〉という歌があって、子どもが泣くということ、その前後のことの特別な感じを思う。「泣き顔を丸めて笑う」の「丸めて」がだんだんできなくなっていく。「丸め」るのに時間がかかるようになっていく。

「かな」による三句切れの類型として、ほかには「なり」による三句切れがある。これらの形のもっともきわまったものが歌集掉尾の次の1首であろう。

旅なんて死んでからでも行けるなり鯖街道に赤い月出る

やはり「行けるなり」に注目する。口語と文語のこの接続は、たとえば「キテレツ大百科」に登場するコロ助を彷彿とさせる。語尾に「〜ナリ」をつけて話すキャラクターである。ここでの「行けるなり」にも少しおどけてみせるようなところがある。自分で自分におどけてみせているのだ。旅なんて死んでからでも行けるんだからいいじゃないか、と。この歌が歌集の最後に置かれていること、それはこの歌がそれ以前のすべての歌を背負っているように映る。すべてを引き受けて、そのいっぱいいっぱい、ぎりぎりのところで発せられた「行けるなり」なのだ。

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と、いきなり結論めいたことを書いてしまったが、家族のうた、仕事のうたをはじめとして、濃く密な歌集である。

熊蜂の墓つくったと子は言いて土掘り返し我に見せたる
春の夜に墨すりおれば「坊さんのにおいがする」と子どもが寄り来(く)

「泣き顔を丸めて笑う」の「丸めて」に通じるような、「土掘り返し」「「坊さんのにおいがする」」である。

冷静にわれは聞くしかないのだよ冷静はきみを傷つけるけど
子を産みし日まで怒りはさかのぼりあなたはなにもしなかったと言う

妻との諍いである。この「ないのだよ」という余裕ありげな物言いもまた、「きみを傷つけ」そうではある。そのあたりのことも含めての1首であろう。なにか体当たりという感じのない、真っ向勝負という感じのない、はぐらかされているようなところである。「あなたはなにもしなかった」は極論だろうが、そういう極論を持ち出さなくてはぶつかってきてくれない、もっと体当たりで来てほしいというようなもどかしさが見える。

眼がどろり疲れて帰るゆうやみに弥生の白い椿、消えたい
六階の窓をあければ曇天が卓上に来るこの味噌汁に
秋の日は秩父の町で見たような蓑をかぶって寝ていたいなあ
平凡の葬儀のあとに食べている鮪は赤し飯のうえに赤し

「どろり」の生々しさを不穏におもいながら、結句の「消えたい」である。ツバキのキを引き継いでのキエタイが印象強く残る。3首目の「寝ていたいなあ」も独白であるけれど、「冷静」の中にもこういう生の声が時折あるとぐっと引かれる。2首目の「この味噌汁に」という引き寄せ方には迫力がある。この1冊のなかの修辞で見れば珍しく唐突であり、かえってリアリティを生んでいる。4首目の「飯のうえに赤し」というリフレインも同様の迫り方がある。

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巻き戻しボタンを押せば飛行機はビル腹部より吐き出されたる
ビンラディンの顔佳(よ)きと言う歌人ありフセインのときと同じごとくに
アメリカが生贄(いけにえ)をゆびさすまでのひどくしずかな秋が過ぎてゆく

アメリカ同時多発テロ事件に取材したと思われる作品である。当時わたしは小学生で、テレビでその映像をくり返し見た記憶がある。「巻き戻し」であるからビデオで撮っておいたのか、あるいはテレビ番組でそういう映像の見せ方をしていたのか、しかしこの「巻き戻し」というのは現実にはあり得ない。そのことが翻って突きつけられる。2首目、歌は「冷静」だが少なからず憤りが見える。3首目の結句「過ぎてゆく」の「て」をはじめ見逃していた。過ぎゆく秋を傍観するのではなく、急ぎ足に過ぎてゆく季節とその不気味な静けさを警戒する感じがある。

遺品館を出でたる父は「字がうまいものだな」と言う 言いて黙せり
NO WARとさけぶ人々過ぎゆけりそれさえアメリカを模倣して

1首目は「知覧」という連作の末尾の1首である。たとえば遺書の「字がうまい」、そのことへのおどろきと、おどろいたことへの葛藤と、遺品館を出たあとのなにかことばを継がなくてはという気持ちとが「字がうまいものだな」の「ものだな」にあらわれている。言い得ることの少なさを思う。2首目、「NO WAR」とさけぶのはデモだろうか。「過ぎゆけり」であるから直に参加しているわけではない。「それさえアメリカを模倣して」という「冷静」は冷ややかでさえある。

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すこし「冷静」ということばに引っ張られすぎた。たしかに「冷静」ではあるのだろうが、「冷静」ゆえに見えるもの、「冷静」ゆえに負うものもある。あるいは「冷静」ゆえに手渡せるものもあるだろう。(と、ここでも「冷静」をたよってしまったのだが……。)

秋の日の影はずいぶん長くなり川のむこうにわが手がうごく

川のむこうにわが手がうごく、というのは事実そうであるよりほかに、たとえばそこにどんな感情があるのだろう。影が長くなったことへのおどろきがあるだろうか。「わが手がうごく」という表現に注目したい。まるで知らないうちに手がうごいているみたいだが、きっと、川のむこうまで影が伸びているのを発見したのちに、手をうごかしているんじゃないだろうか。歌の順序に逆らえば、川のむこうにうごくわが手を発見したのち、それを影が長くなっているのだと捉えているとも読める。「うごかす」ではなくて「うごく」ということであるから後者をとりたい。しかし……と考えはめぐって止まない。「われ」と「わが手」の距離を思う。「われ」とは何だろうか。「わが手」は「われ」であるか。

幼な子にもう見せるなと言われたり干し魚のごと瘠せたる祖父を

干し魚の「ごと」という直喩は吉川作品の大きな特徴であろう。直喩によって新しい見方を提示する。印象づける、あるいは印象をくつがえす。「干し魚のごと」と言われることによってその「瘠せたる祖父」の姿や、「幼な子にもう見せるな」と言われるほどのその姿が立ち現れる。そこからはなれられなくなる。作者にも読者にも体力がいる。直喩という方法は「冷静」な吉川の、しかし、全力の体当たりなのではないだろうか。



*『海雨』の歌の引用は、現代短歌文庫135『吉川宏志歌集』(砂子屋書房、2018年)に依ります。

吉川宏志『夜光』(2000年)

吉川宏志のうたの、1首としての緊密さというか、端整な感じに折々おどろくことがあるが、歌集としてまとまってみるとその凄みはなおさらに迫ってくる。

泣きやまぬ赤子を抱けり秋の夜のヘッドフォンからZARD(ザード)が流れ
その程度で若いと言うのか 朝雲は鋏で切ったようにひろがる

これらの歌がその「緊密」や「端整」や「凄み」を言うのに最適かどうかはおいておくとして、まず気になった歌である。

1首目、ZARD……ZARDかぁ、と思う。わたし自身はZARDを特別熱心に聞いていたわけではないが、なにかひとつの時代のムードみたいなものがある。あるいはそこに若さを感じるのかもしれない。「赤子を抱く」ことと「ZARDを聴く」ことがこの1首のなかでは両立していて、しかもヘッドフォン。時代と書いたけれど、それよりもむしろ個人史的な一場面としてとくに象徴的である。この固有名詞の選択が1首の緊張感を保っている。2首目は「鋏で切ったように」という直喩が吉川らしい。もとは大きな一枚の雲であったのだろうか。「鋏」であるから、手でちぎったのとはちがう、ある部分には直線的なところがあるのだ。初二句の憤りを引き取りながら、しかしその気分がどっぷり投影されている感じではない。どこか涼しさに転じている。

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アンソロジーなどですでによく知られた歌に再び出会う体験も、新刊ではない歌集を読むたのしみではある。とくに歌集のどこにあるか、あるいはどんな連作のなかの1首なのかは、アンソロジーや評論に引用される形ではなかなか知り得ない。もちろん初出でも出会っていない。そのため1首の印象が大きく変わることもある。

卓上の本を夜更けに読みはじめ妻の挟みし栞を越えつ
しらさぎが春の泥から脚を抜くしずかな力に別れゆきたり
抱いていた子どもを置けば足が生え落葉の道を駆けてゆくなり
鳳仙花の種で子どもを遊ばせて父はさびしい庭でしかない

視点、発見、把握の歌と言われるだろうか。「妻の挟みし栞を越えつ」「脚を抜くしずかな力に別れゆきたり」「足が生え」「父はさびしい庭でしかない」いずれにも立ち止まらされる。

1首目、夜更け、起きているのはひとりなのだろう。「卓上の」というところに少し距離感があって、なにかよそよそしい。それで読み進めていくと「妻の挟みし」とあって、なるほどとなる。必ずしも妻の本というわけではないだろうが、少なくとも妻も読んでいて、あるいは妻が先に読んでいて、という関連がある。そのところが「卓上の」にすでににおっている。2首目、結句の「別れゆきたり」に至るまでを使ってしずかな力を描写する。ぬーっとした動きが浮かんでくる。3首目、もとから足は生えているのだが(たぶん)、まるで今生えたかのように駆けてゆく姿を言うにはこの隠喩だろうと思う。大胆ではある。4首目、父という庭で遊んで、遊びつかれて、遊びあきて、いずれはいなくなってしまうのだろうか。根本的なところではまじわり得ない父と子の関係性が見つめられている。

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歌集全体をとおして不気味なくらいに静かだ。静かに圧迫してくる。

朝雲のみょうにさみしい夏が来て壜のとなりに壜をならべる

みょうにさみしい、の「みょうに」のひらがな書きがさみしさを表していると言ったら変だが、この「みょうに」の妙を思う。壜のとなりに壜をならべる、というのはなにも遊んでいるわけではないし、変になっているわけでもない。生活の一場面だろう。たとえば洗って乾しておいた牛乳の壜の横に、いま洗ったばかりの壜を並べるでもいい。食卓の上、醤油の壜の横にソースの壜を置くでもいい。その具体をあえて出さずに、「壜のとなりに壜をならべる」と言う。個別具体的な一個一個が引き剥がされているところにさみしさの気分があるとも言える。

死ぬことを考えながら人は死ぬ茄子の花咲くしずかな日照り

堂園昌彦の〈秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは〉(『やがて秋茄子へと到る』、港の人、2013年)を思い出した。情景としてはほとんど重なって映る。しかし堂園の歌が茄子そのものを見ているのに対して、吉川の歌は茄子の「花」を見ている。「どうて死ぬんだろう僕たちは」よりもほかに、死をめぐる思考はさまざまあるだろう。すこし抽象的に「死ぬことを考えながら」とうたっている。このあたりにも微妙な差異がある。そのちがいの部分が互いの歌の読解のヒントとなる。

白桃を電話のあとに食べておりゆうぐれ少し泣いた ほんとだ

「食べており」から「ゆうぐれ少し泣いた」への転換を、「ほんとだ」が支えている。それにしてもこんな念の押し方があるものなんだなあと思う。ほとんど子どもの駄々のようである。たとえば、

廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て
   東直子『春原さんのリコーダー』(本阿弥書店、1996年)
晩冬の東海道は薄明りして海に添ひをらむ かへらな
   紀野恵『さやと戦げる玉の緒の』(1984年)

の「来て」や「かへらな」もかなり衝撃的だが、これらとはちょっと温度のちがう、「少し泣いた」に寄り添うような「ほんとだ」である。

秋の陽はあたたかなれど眼球をふたつ埋(うず)めて死者のまぶたは

はじめに「緊密」とか「端整」とか「凄み」とか言ったけれども、いざそれを指摘しようと思うとなかなかに難しい。まず端的に1首ごとにわりあいわかりやすい形で〈歌のポイント〉がある(あるいは、ありそう)と思わせる点に、それらの理由がありそうなのだけれど、しかしその〈歌のポイント〉を指摘してしまったあとには何も言えなくなってしまうというか、そのあたりに難しさがあるのかもしれない。

秋の陽はあたたか「なれど」である。死者のまぶたはつめたいのだ。



*『夜光』の歌の引用は、現代短歌文庫135『吉川宏志歌集』(砂子屋書房、2018年)に依ります。

山中智恵子と渡辺松男

永田和宏『私の前衛短歌』(砂子屋書房、2017年)は標的は絞られているが射程は広い。そういう印象に読み進めている。なかに「遍在する〈私〉」という文章があって、山中智恵子のことが書かれている。

みなかみの石に出で入(い)るわが影の胴のかたちか 思い熄(や)みなむ
絲とんぼわが骨くぐりひとときのいのちかげりぬ夏の心に
   『紡錘』山中智恵子

この2首を目にしたとき、渡辺松男だ、と思った。他にも数首引きながら永田はこう言う(p.118)。

 これらの作品に共通しているものを、たとえば肉体の無限定感などということばで仮りに呼んでおく。山中智恵子にとって、肉体は、はっきりした輪郭をもって自己に所属し、自己を他から区別するためのものとは、意識されてはいないのではないかと、思うのである。


石に出入りする〈私〉、あるいは〈私〉を出入りする絲とんぼ。たしかに〈私〉というものの輪郭はおぼろである。このような歌の特徴は渡辺松男にもみることができる。

夕焼けの胸のなかからとりいだしし木造校舎によき鐘が鳴る
さうだわたしは赤いとんぼであつたのだ窓をぬけ出たむすうのわたし
木に凭れこころおちつかせてをればとほい空ちかい空ととけあふ
   『雨(ふ)る』渡辺松男

いま手元ですぐに参照できる最新歌集から引いた。こうして見比べてみるとはっきりと文体の違いが感じられる。しかし〈私〉のあり方、という点においては共通のものがあるだろう。

これらの歌についてはかつて、「胸に浮かべて思うにとどまらず、境界をやぶって現実世界で鐘が鳴る」「わたしは身はこちら側に置きながら、無数のわたしが窓を通過していってとんぼとしてあることを受け取っている」「とけあう境界を見ようとする」と書いた(「渡辺松男の壺」『tanqua franca』)。永田の言う「肉体の無限定感」ということばにはおおいに共鳴する。

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渡辺松男の歌集『〈空き部屋〉』には〈わたし〉をテーマに、〈わたし〉をひたすらに詠んだ一連がある。永田が山中のなかに指摘する〈私〉と相通ずるものがあるだろう。

 これらの作品にあらわれる私は、身長と体重の限る、明確だが狭い領域に閉ざされているのではなく、作者自身にさえしかとは特定できないような茫漠とした広がりをもち、むしろ外界にエーテルのように遍在するある種の存在とでも呼べそうなものである。


『紡錘』につづく歌集『みずかありなむ』の歌にも共通の〈私〉を指摘しながら永田はこう述べる(p.119)。さらに文章は、前衛短歌の提起した問題であるところの「私性」に対する山中的解答が〈遍在する私〉ではなかったか、とつづく。『紡錘』も『みずかありなむ』も読んでみなくてはな、と思う。そして渡辺松男については、〈私〉のあり方としては山中的方法と重なりながら、しかしその文体はまた別のところから来ているように映る。ともかくこの二人の共通部分を見たようで、おどろきが大きい文章であった。「遍在する〈私〉」の初出は「短歌」1991年10月号とのこと。

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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