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読者のわたし

ひとのうたを読んでいると、どれもこれもだめだなあ、とおもって安心する日と、どれもこれも滅茶苦茶いいなあ、とおもって狼狽える日と、両方ある。どちらも同じくらいある。それぞれがいつ来るか、自分でもわからない。同じうたでも、読むときの調子によって全然ちがうふうに見えることがほとんどだ。初読の衝撃が(同じ熱量で)再読のあともつづくことは稀だが、三回四回と読んで、五回目くらいで「うわー」となることもある。回数のもんだいじゃなくて、タイミングなんだとおもう。

けれども、だからといって、何回も読むことを予め想定していると、その瞬間瞬間の読む気持ちがうすれてしまう。何となくぼんやり読んでしまう。だから基本的にはいっかいいっかいが勝負で、その都度、これが最後とおもって、片端から読んでいくようにしているのだが、体力がないときは何を読んでもだめなので、あきらめて寝ることにする。

以前、春日井建の全歌集をひといきに読み切ったことがある。市の図書館で見つけて、閉館の5時までにだーっと読んだ。ああいう集中は年に1回、2回あればいい方で、ふだんは期待しないことにしているが、嗚呼ここにあるうたが全てひといきに読めたらなあ、と夢想することはままある。日々発表されるうたが多すぎるのか? そうおもう日もあれば、読むものがない! と発表されるうたの少なさを嘆く日もあって、これも、結局はこちらのコンディションによるのだろうな。

赤信号でいっしょになった

裏切り者、と書かれたシャツを着たひとと赤信号でいっしょになった
   「ビギナーズラック」阿波野巧也

赤信号でいっしょになる、とか、その状況を「赤信号でいっしょになる」と言うそのことを、今の今まですっかり忘れていた。「すっかり」なんて言うとさも以前はすごく意識をしていて、意識していたことさえ忘れてしまった、みたいにうつるけれど、でも以前だって少しも意識していなかったな、と思う。にもかかわらず、この歌を読んだときに湧き上がった気持ちは「知っている」だった。

     *

自分が何を思うかはことばによっている。そのことば、自分の使うことばは自分のなかで勝手に生まれてくるものではない。どんなことばを見聞きし、使い、使われるかによってその都度変わっていく。住んでいるところや、関わっている人や、読んでいるものや、コミニュケーションのやり方によって、知らず知らず変わっていく。ふだんは接することのないような人やむかし関わっていた人と久しぶりに話をしていて自分が(あるいは相手が)変わっていることに、はっと気づく。自分では変化がわからない。

いまわたしは「赤信号でいっしょになる」ということばを使わずに、「赤信号でいっしょになる」ということを意識せずにふだんの生活をおくっている、そのことを突きつけられた。なつかしさもさみしさもないけれど、「知っている」という気持ちになった。

     *

裏切り者、と書かれたシャツ。少し離れたところから見ている。歩いていて、関心はあるけれど、だからといって何かが起こるわけではない。こんなシャツがあるのか、とか、どんな人なんだろうか、とか思うことはできる。思ったかもしれない。声はかけないだろう。
——このシャツどこで買えますか
——裏切り者なんですか
とか。あるいはもう二度と見ることもない人だろう。また別のときに裏切り者、と書かれたシャツを見て、あ、前にもそんなことあったな、と思い出すかもしれない。そのときはもう忘れているかもしれない。あ、あの人、とまさに今見ているこの背中とこの風景とこの今の自分のことを状況を感情を思い出すかもしれない。思い出さないかもしれない。裏切り者、と書かれたシャツにはもう、気づかないかもしれない。

     *

裏切り者、と書かれたシャツの、それは背中に書かれているだろうことも、だからわたしがその人の後ろを歩いているだろうことも、歩いていることも、すべて「赤信号でいっしょになった」が引き連れてくる。「赤信号でいっしょになる」ということばも、概念もすっかり忘れていたのに、こう言われると、「知っている」という気持ちになる。風景がひとつに、少なくとも「知っている」と思ってしまったわたしのなかではひとつに定まる。

     *

赤信号でいっしょになって、そののちどうなったかはわからない。「いっしょになった」という気分だけがいつまでも残っている。



*歌の引用は、『SIT IN THE SUN』(阿波野巧也、2018年)に依ります。

思うすなわち

そう思うことによってちがう見え方がうまれることがある。

疲弊していたれば歩くときに湧く浮力あり乱雑にわが浮く
   内山晶太
自分の力でお好み焼きを焼く朝の大切に思う自分のちから
   武田穂佳

それぞれ『現代短歌』『短歌研究』の3月号から引いた。1首目は「浮力あり」と思うことによって、それを前提にしてさらにもう一歩、「乱雑にわが浮く」という見え方がうまれている。2首目は「自分の力で」というのを意識しはじめることで、「自分のちから」という概念を得ている。

もう少しくわしく読んでみる。

2首目はお好み焼きを、店の人に焼いてもらうのではなくて「自分の力で」焼いている。そのときはまだ「自分のちから」というのは浮きあがってきていない。ところが「自分の力で」というのを意識することで、この「自分のちから」(ここでようやく概念になった)というのは大切だな、大切にしなくてはな、という気持ちがわいてくる。表記のちがいにもそれが表れている。1首目も同様で、疲弊しているときに歩いているとなんだか浮いている感じがする。それを「浮力あり」と思う。そういう視点でもういちど今の状況を見つめなおすとき、「乱雑に」という部分が見えてくる。

発見や把握の提示にとどまらず、さらにそれを起点にして歌が展開する。思うことによって、そこから、それを土台にすることによって世界の見え方がかわってくる。そのうえで、もういちど、それをつかみなおす。

山道をゆけばなつかし眞夏(まなつ)さへ冷(つめ)たき谷の道はなつかし
   斎藤茂吉『つゆじも』

「浮力あり」や「自分の力で」ほど斬新ではないけれど、この歌においてもまた、「なつかし」と思うことによって、その「なつかし」がさらに細かく描かれてゆく。まず「なつかし」と提示される。読者がそうであるのは当然だが、この歌においては〈私〉もまた「いまのこのなつかしいという気持ちはなんだろう。どこからきているのだろう。」という気持ちになる。そしてそれが三句以降に展開する。「なつかし」と思うことによって、「なつかし」が観測される。

おにぎりの厚さが短歌年鑑のやうだな米つぶの一つがわたし
   田村元

『現代短歌』4月号より。「おにぎりの厚さが短歌年鑑のやうだな」と思うことによって、すなわち「米つぶの一つがわたし」という見方が生まれている。

花水木

「家」を「実家」と呼ぶようになったのはいつだったか。気づいたらそう呼ぶようになっていた、そう呼ぶような場面が増えていた、という気がする。多くは進学や就職を機にそれまで暮らしていた「家」を出て、またちがう「家」で生活するようになったときに、かつての「家」を相対的に「実家」と呼ぶ、という側面はあるだろう。

ただ、それは本当にひとつの側面でしかなく、かつて暮らした「家」を「実家」と呼ぶかどうか、呼び得るかどうか、呼びたいかどうかは、さまざまであろうと思う。また、「家」そのものは変わらず(つまり、ずっと同じところで暮らしていよう)とも、あるときから「実家」と呼ぶようになることも当然ある。

「生家」ということばがあるが、こちらは生まれたところ、あるいは生まれたばかりの頃を過ごしていた「家」を表す。「実家」ということばがもつ相対的なものはここにはなく、ただ事実としての「生家」があるのみだ。むろん「生家」をもつかどうかはこれも人それぞれである。ただ、「実家」ということばは、それに比べてもいくらも複雑である。

いつの間に「実(じつ)」の字をつけ呼ぶ家の道に変わらず花水木立つ
   佐佐木定綱「文机」

角川「短歌」1月号から引いた。「実」の字をつけて呼ぶようになったという変化への意識と、そこから生まれる「変わらない花水木」への視線が「の」を媒介にしてあらわされている。「家の道」は「家路(家への道)」ととるか、「家のなかにある道」ととるか。ここでは後者をとって、庭の広い家を想像する。いろんなことは変わってしまって、わたしも「家」も「花水木」もあの頃のままではないし、今も少しずつ変化しているわけだけれど、それでも「家」と呼んでいたころの〈感じ〉や、今、「実」の字をつけて呼ぶようになった〈感じ〉や、花水木がずっとあって、今もあるという〈こと〉、というつかみどころのないものがむしろ、はっきりと変わらず手のなかにあるような雰囲気がつたってくる。

氷三つグラスに投げて金色(こんじき)のウイスキー傾けている父
   同

同じ一連からもう一首。グラスに「投げて」という手つきから、「父」の姿を想像する。「金色(こんじき)」も昔のままだろう。酒を飲む姿勢や、何を飲むか、どう飲むかにもおのずと歳月があらわれる。変わるものも変わらないものもあるだろう。「実」の字をつけて呼ぶ家への視線の先に、花水木があり、父がいる。



*歌の引用は『短歌』2018年1月号(角川文化振興財団、2018年)に依ります。

短歌日記抄

▶︎2014年11月7日

 何もすることのない日曜日は、近所の焼き鳥屋に行くことにしている。8時くらいまでは夫婦の(それも常連らしき)お客さんで賑わうが、平日の前夜だからか、しだいに店の中は落ち着いてくる。
 おまかせを頼むと、豚バラ、はつ、牛さがり、砂ずり、つくね、ししゃも、ズッキーニ巻き、と来た。1本か2本ずつでやってくるのが焼き鳥のいいところ。その間、キャベツを齧りながら待っている時間が、なんでもないことだが楽しいのだ。
 カウンターから見える、串を焼く手つきや、素早い包丁捌きを伺うのも、楽しみの1つである。

     *

 好きで愛唱する歌に春日井建の次の1首がある。1970年刊行の第2歌集『行け帰ることなく』所収。巻末の連作「青い鳥」の中の1首である。

 岩棚に寝ころぶわれと海つばめ日ねもす無縁に親しみあへり

 日ねもす、は「一生」と思ってもいいだろう。人との関わりあいのなかに普段の生活はあるけれど、結局のところ、誰とも「無縁」である。それは寂しいことではなくむしろ、「無縁」だからこそ「親しみ」合えるものだと思っている。「無縁」ゆえの、それぞれに一人の時間のあることの明るさを、いつも思う。

     *

 平日は家と職場を自転車で往復する。所要時間約40分の、3分の1程度は海と並んで走る。おだやかな日もあれば、荒れている日もある。そんな海の表情を眺めていると、先の1首が口を衝いて出る。
 くりかえし口遊みながら、「無縁」の明るさを嬉しく思うのだ。

     *

 焼酎の氷がきれたところで会計を済ませて店を出る。日曜日の夜は、こんなにも楽しい。明日になれば仕事のあることの、そしてまたそれぞれの生活のあることの明るさ。
 霜月の風は身に冷たいけれど、家までつづく心もとない街灯が、いつもより光って見えるのが殊更うれしい夜だった。

     *

焼き鳥屋のをぢさんはずつと赤の他人なれば愛さむ秋刀魚ください


▶︎2014年12月6日

 何年か前に手帳を買ってもらったことがあった。誕生日プレゼントに。欲しいものじゃないと文句言うだろうからって、たまたま二人で会った日に「買いに行こう。」と言ってくれた。
 それまで使っていた手帳を気に入っていて、同じものが欲しいといってさんざんあちこち見てまわった。まず、時期が遅すぎて9月始まりの手帳はほとんどなかった。その点をあきらめても、同じデザインのものはなかった。
 それでしぶしぶ決めた手帳。今年もまた、買った。これからも毎年買うだろう。買って、その度に思い出すだろう。思い出して嬉しくなって、少しだけ寂しくなって、2年に1度くらいは会いたいと思うだろう。そしてまた、新しい1年が始まることを、楽しみに、思うだろう。

     *

この青い手帳もきつと濡らすだらう振り向けば月のきれいな夜に


▶︎2015年7月21日

 夏と云えども、朝の身体はけっこう冷えている。手元の温度計が27.5℃を示しているから、実際、涼しいのだろう。窓から風が入ってきて気持ちいい。蝉が啼いている。
 そういえば昨日、夕立にあった。まだそんなに遅い時間ではなかったが、あっさりとした通り雨だった。夏だ、と思った。この時期、ソフトボール大会の練習をやっていて、よく中止になったことを思い出す。小学生のころの話だ。

 立ち読みの窓から見てた夕立ちがDVのように過ぎてゆくのを
     山田航「閉市式」

 あのころ、じっと我慢していれば直によくなると思ってやり過ごしていたことがいくつもあった。今だってあんまり変わらないかもしれない。いや、むしろ、一過性の感情を封じて差し出すのが短歌なんじゃないのか。じっとしていればそのうちなくなるものを、わざわざ形にして残しているのだから、状況は良くなった、と言えるかもしれない。
 もろいけど、やわではない。

     *

出しつぱなしの豆腐のやうな我が身とぞおもへる夏の朝の冷たさ


▶︎2015年8月9日

 某所ですこし、話をすることになった。二つ返事で了承したが、気が重いことにはかわりない。心配だが、時間の余裕はしっかりあるので大丈夫だろう、と思っている。それにこのオファーが来てから心を占めているのは、嬉しいという気持ちがほとんどである。楽しみに準備をしたい。

 母の家(や)も自らの部屋へも帰るといふ青年の言葉思へばやさし
     青井史『青星の列』

 仕事を終えて家に帰る、という言い方をする。地元に帰る、実家に帰る、あるいは(学生の頃を暮らした)何処其処に帰る、というときも、「帰る」という言い方をする。自分が過ごした、過ごしている場所は、どこも「帰る」場所になるのだろうか。
 では「家」というのはどうか。「家族」とはどうか。「家」をつくる、というのはどういうことか。そういうことをまたしばらくの間、ちびちび考えておこうと思う。

     *

きみと少し話して帰る すぢ雲が出てゐると気づいたときには一人


▶︎2016年4月3日

 長崎からH氏が来ていて、ゆうべ少し今朝少し話をした。
 会話を繋げていくのが上手い人である。こちらが話をあっちこっちやってしまうのを、うまいこと元の話題にたぐりよせて話を進めていく。話していて気持ちが良かった。話題を切り出したり、切り替えたりするのもさらっとしていて、これは周りの人が爽快だろうなあと嬉しく思ったりした。
 私はと言えば、論理的に話をするとか、説得するように話をするのが苦手である。数学をやっていて何故かと聞かれるが、あちらの論理とこちらの論理は作りがちがう。それに数学には定型があるから、やっていて楽なのである。それは短歌も同じである。その場でとっさに考えて何事かをこしらえる習慣が身についていないのだ。それでH氏が丁寧に質問をして、私が曖昧に話しているところをはっきりさせてくれる。自分でも考えていなかったことや、論として不十分なところを教わるようでありがたかった。
 Hとは高校の同級生で、その頃の思出話もなつかしかった。受験直前にやったキャッチボール。屋上の渡り廊下。トシくん(と勝手に呼んでいる数学の先生)の口癖。N陽堂(高校の近くにあったコンビニ)のレジの奥のゲームコーナー。N地区合宿(いくつかの高校が合同でやった勉強合宿)の朝の集いの鐘の音。もうすっかり忘れてしまっていたことが、手品師が口から出す万国旗のように、するすると思い出される。それがすぐに、今の、それぞれの暮らしや仕事や考えていることに結び付いていく。会話が常に今にもどってくるのだ。H氏が楽しそうに活躍している所以を見たような気がする。

 桜が満開である。
 うすく濁った白い花びらが、今年はすこし心地よく映る。見るたびに姿や印象が変わるのは、桜だけではないだろう。過去だって一つのものではないのだ。必ず今を反射している。いまここに対する真摯な眼差しが過去を美しくするのだろうし、逆に過去になにかよくない印象を抱えているのならば、それは今の問題でもあるのだろうと思う。
 数学には単位円という考え方がある。単位円というのは、1周回って元に戻るように見えるけど、実はちょっとずつ浮いていって、つまりらせん状になっている。平面に描く都合、上からおしてぺちゃんこにしているのだ――というのはこじつけだが、案外よくわかってもらえる。歳を重ねることも、また季節が巡ってくることも、このゆるやかならせんを昇ってゆくようなものではないだろうか。
 そう思うと、一段と気持ちのいい、H氏との再会であった。またいずれ、会いましょう。

     *

counterclockwiseとめどなくπをかさねてまた春がくる

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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