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旧作

記憶よ、お前いつからそこに立つてゐる。鉛筆で手を汚さなくなり

さみしくて暑くて、寝てた。これだから夕方は嫌だ、母がゐさうで。

黒猫が川の流れにさからつて走つていつた。急に、冬だ。

互ひに脚を重ねて眠る。夜だつた。汗が冷えて、窓がきれいだ。

∵(なぜならば)∴(ゆゑに)のごとき形して此岸彼岸を渡る冬鳥
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十月漫吟

   10月5日(月)
夕はやく冷えはじめたる秋の日の風入る店に焼き鳥を食ふ
わづかなる金をおもへば一杯のジョッキビールは舐めるごとくす
土のにほひ草のにほひのダルムかな漂ふものは惜しむ間もなし
存外の歯ごたへあれば応へつつダルムは塩をまた頼みたり


   10月6日(火)
またもまたも本売りほどき帰るとき千円札のうすき一ひら


   10月7日(水)
うすぐらき高架のはたのさくらの木いまだ青々と葉を被りをり
なにごとかすばやき影を見るときに過ぎてゆきたり鼠の体
動悸してわれは見てをり一匹の鼠とほりし床のおもてを
床の上のものの隙間に住みをらむ隙から隙へねずみ疾駆す


   10月9日(金)
おふくろの味といふものひとつもなし風邪の夜を齧るりんごデニッシュ


   10月19日(月)
ネットカフェに籠りてをれば薄闇にひとのもの食ふ音はしたたる


   10月20日(火)
生々しく艶ある糸とおもへればそのかみにゐてやはらなる蜘蛛
天井にこまかき脚を掻きいそぎ蜘蛛は巣を張る秋のゆふべを
細きもの吐きつつおりてゆく蜘蛛の生唾のごとく糸は光りぬ


   10月21日(水)
蔭そのものとおもひゐたりし桜の木透くごとくなり秋の陽のなか
影ともなふ一生の果てに明るかるひとときあれば死は寂しからむ
寝るまへに読み朝に読みたのしみし『うたの動物記』をはりまぢかし
通勤に持ち出さざればなほさらに慾るごとく読みたるものを


   10月22日(木)
明るくも寂しくもなし雨の日は桜木が風景にもどりてゐたり
納豆をぐるぐるまぜてにこにこと食ふ人見ればDVを思ふ


   10月23日(金)
いつまでもあつたかいのがモスバーガーひえてもおいしいのがモスバーガー
うつぶせのときは感じてゐなかつた冷たさを仰向けは感じる


   10月25日(日)
割り印三つ押せば澄みゆく秋の日の書留で送る健康保険料
七月の分おくれつつ出す十一月はのこり六日とせまりくるとき
七代目市川團十郎博多来演之碑はありて十代目市川海老蔵の筆
川中へながく潜りてかへらざる鵜に飽きながら港への道
競艇の水尾わづかにも見えながら囲ひのほかの海眺めけり
枯れはてし噴水の皿に青年はスケボーの技を鍛へつつをり


   10月26日(月)
実は種のためにあるかとおもふまでつやめく枇杷の種のゆふぐれ
はづむやうには走れなくなり夕はやく冷えはじめたる秋の道ゆく


   10月27日(火)
フードコートぢやなくて食堂だつたころの寿屋の二階で食べたうどん


   10月30日(金)
金木犀は匂ふなしにほふともなく塀に寄りつつ坂くだるとき
南シナ海よりベトナムへいくつかも台風ありて十月果てむ
窓の外を蠅のごときがまつはれどかかはるでなし内に居すれば


   10月31日(土)
蛇口より出づるほのかなる湯にほどくうまかつちやんの油揚げ麺

ほとんど九月のうた

   9月2日(水)
帰省しないひとだけでした園庭の手持ち花火の夜はかへらず

   9月4日(金)
エアコンをとめて室外機見に出ればなにごともなし露草からむ
室外機のなかまで伸びる露草を払ひたりそのめぐりも払ひ

   9月6日(日)
九州を丸呑みにせむとのぼり来る台風十号のその暴風域

   9月7日(月)
過ぎ去りし台風の空見上ぐれば角部屋だけにある西の窓

   9月18日(金)
枝の先にわづかの花を残したる百日紅のはたを通り過ぎたり
この坂をのぼりくだりしひと夏のかたはらにいつもありしよ花房
坂の雨に脚ひきしぼる秋の日はとほくのものが見えなくなりぬ

   9月27日(日)
なにごともなき日の暮れは川土手のひがんばな白ひがんばな赤

   10月4日(日)
まともなうたできんかなあとおもへれどまともなうたはまつたくできず
衰へし視力のことはかなしけれ遠くから手を振れなくなりぬ
近づいてくるにこにことだれかなあ怯えつつをればきみが近づく
今度こそ読みとほさむとおもへれど半ばを過ぎてまた突つかかる

八月の終はり

   8月24日(月)
ヤクルトのひとの自転車われを抜き白き夏帽子のひろき鍔
この夏を木槿は咲きぬ小学校のはたを過ると向きなほすとき

   8月27日(木)
次々と顔がこちらを向くやうなあかるさにもう秋が来てゐる
鬱々と深めつづけし自が陰をひるがへすごとく黄の葉は浮くも

   8月28日(金)
痛風のためにいためし左足ふたたびみたび痛みは襲ふ
ともかくも水をとならひ水を飲む秋のはじめのまだぬるむ水

   8月29日(土)
八月の電気代七五一〇円払はむころに暑も落ちつかむ
耳の穴ぬぐへば指にひかりたるわが脂はも昼過ぎにつつ

   8月30日(日)
一万円こまかくせむと昼の食ビッグマックをダブルにしたり
暑の極みぬけて至りし冷房にこころゆくまで身はほどきゆく

忍音

後ろより聞こえし声をふりむけばいまふたたびを鳴くほととぎす

ほととぎす今年はじめて聞く声は六月十七日宵まだあさき

二たび三たび鳴きたるのちをほととぎす息切れのごとき声もらしつぐ

梅雨のまのくもりに鳴きて澄みとほる笛のごとしもほととぎす鳴く

いづこより鳴きつるものかつゆの雨太くなるときその音に消ゆ


(2020/06/18 17:35 noteより転載)

プロフィール

山下翔(やました・しょう)

Author:山下翔(やました・しょう)
▶︎1990年生。2018年、『温泉』(現代短歌社)を刊行。「やまなみ」所属。
▶︎『温泉』ご購入はこちらから。現代短歌社のオンラインショップです。
▶︎お問い合わせ、ご依頼はs.ohsamay@gmail.com(@は半角に変えてください)までご連絡ください。

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