凡フライ日記

山下翔と短歌

短歌日記抄

▶︎2014年11月7日

 何もすることのない日曜日は、近所の焼き鳥屋に行くことにしている。8時くらいまでは夫婦の(それも常連らしき)お客さんで賑わうが、平日の前夜だからか、しだいに店の中は落ち着いてくる。
 おまかせを頼むと、豚バラ、はつ、牛さがり、砂ずり、つくね、ししゃも、ズッキーニ巻き、と来た。1本か2本ずつでやってくるのが焼き鳥のいいところ。その間、キャベツを齧りながら待っている時間が、なんでもないことだが楽しいのだ。
 カウンターから見える、串を焼く手つきや、素早い包丁捌きを伺うのも、楽しみの1つである。

     *

 好きで愛唱する歌に春日井建の次の1首がある。1970年刊行の第2歌集『行け帰ることなく』所収。巻末の連作「青い鳥」の中の1首である。

 岩棚に寝ころぶわれと海つばめ日ねもす無縁に親しみあへり

 日ねもす、は「一生」と思ってもいいだろう。人との関わりあいのなかに普段の生活はあるけれど、結局のところ、誰とも「無縁」である。それは寂しいことではなくむしろ、「無縁」だからこそ「親しみ」合えるものだと思っている。「無縁」ゆえの、それぞれに一人の時間のあることの明るさを、いつも思う。

     *

 平日は家と職場を自転車で往復する。所要時間約40分の、3分の1程度は海と並んで走る。おだやかな日もあれば、荒れている日もある。そんな海の表情を眺めていると、先の1首が口を衝いて出る。
 くりかえし口遊みながら、「無縁」の明るさを嬉しく思うのだ。

     *

 焼酎の氷がきれたところで会計を済ませて店を出る。日曜日の夜は、こんなにも楽しい。明日になれば仕事のあることの、そしてまたそれぞれの生活のあることの明るさ。
 霜月の風は身に冷たいけれど、家までつづく心もとない街灯が、いつもより光って見えるのが殊更うれしい夜だった。

     *

焼き鳥屋のをぢさんはずつと赤の他人なれば愛さむ秋刀魚ください


▶︎2014年12月6日

 何年か前に手帳を買ってもらったことがあった。誕生日プレゼントに。欲しいものじゃないと文句言うだろうからって、たまたま二人で会った日に「買いに行こう。」と言ってくれた。
 それまで使っていた手帳を気に入っていて、同じものが欲しいといってさんざんあちこち見てまわった。まず、時期が遅すぎて9月始まりの手帳はほとんどなかった。その点をあきらめても、同じデザインのものはなかった。
 それでしぶしぶ決めた手帳。今年もまた、買った。これからも毎年買うだろう。買って、その度に思い出すだろう。思い出して嬉しくなって、少しだけ寂しくなって、2年に1度くらいは会いたいと思うだろう。そしてまた、新しい1年が始まることを、楽しみに、思うだろう。

     *

この青い手帳もきつと濡らすだらう振り向けば月のきれいな夜に


▶︎2015年7月21日

 夏と云えども、朝の身体はけっこう冷えている。手元の温度計が27.5℃を示しているから、実際、涼しいのだろう。窓から風が入ってきて気持ちいい。蝉が啼いている。
 そういえば昨日、夕立にあった。まだそんなに遅い時間ではなかったが、あっさりとした通り雨だった。夏だ、と思った。この時期、ソフトボール大会の練習をやっていて、よく中止になったことを思い出す。小学生のころの話だ。

 立ち読みの窓から見てた夕立ちがDVのように過ぎてゆくのを
     山田航「閉市式」

 あのころ、じっと我慢していれば直によくなると思ってやり過ごしていたことがいくつもあった。今だってあんまり変わらないかもしれない。いや、むしろ、一過性の感情を封じて差し出すのが短歌なんじゃないのか。じっとしていればそのうちなくなるものを、わざわざ形にして残しているのだから、状況は良くなった、と言えるかもしれない。
 もろいけど、やわではない。

     *

出しつぱなしの豆腐のやうな我が身とぞおもへる夏の朝の冷たさ


▶︎2015年8月9日

 某所ですこし、話をすることになった。二つ返事で了承したが、気が重いことにはかわりない。心配だが、時間の余裕はしっかりあるので大丈夫だろう、と思っている。それにこのオファーが来てから心を占めているのは、嬉しいという気持ちがほとんどである。楽しみに準備をしたい。

 母の家(や)も自らの部屋へも帰るといふ青年の言葉思へばやさし
     青井史『青星の列』

 仕事を終えて家に帰る、という言い方をする。地元に帰る、実家に帰る、あるいは(学生の頃を暮らした)何処其処に帰る、というときも、「帰る」という言い方をする。自分が過ごした、過ごしている場所は、どこも「帰る」場所になるのだろうか。
 では「家」というのはどうか。「家族」とはどうか。「家」をつくる、というのはどういうことか。そういうことをまたしばらくの間、ちびちび考えておこうと思う。

     *

きみと少し話して帰る すぢ雲が出てゐると気づいたときには一人


▶︎2016年4月3日

 長崎からH氏が来ていて、ゆうべ少し今朝少し話をした。
 会話を繋げていくのが上手い人である。こちらが話をあっちこっちやってしまうのを、うまいこと元の話題にたぐりよせて話を進めていく。話していて気持ちが良かった。話題を切り出したり、切り替えたりするのもさらっとしていて、これは周りの人が爽快だろうなあと嬉しく思ったりした。
 私はと言えば、論理的に話をするとか、説得するように話をするのが苦手である。数学をやっていて何故かと聞かれるが、あちらの論理とこちらの論理は作りがちがう。それに数学には定型があるから、やっていて楽なのである。それは短歌も同じである。その場でとっさに考えて何事かをこしらえる習慣が身についていないのだ。それでH氏が丁寧に質問をして、私が曖昧に話しているところをはっきりさせてくれる。自分でも考えていなかったことや、論として不十分なところを教わるようでありがたかった。
 Hとは高校の同級生で、その頃の思出話もなつかしかった。受験直前にやったキャッチボール。屋上の渡り廊下。トシくん(と勝手に呼んでいる数学の先生)の口癖。N陽堂(高校の近くにあったコンビニ)のレジの奥のゲームコーナー。N地区合宿(いくつかの高校が合同でやった勉強合宿)の朝の集いの鐘の音。もうすっかり忘れてしまっていたことが、手品師が口から出す万国旗のように、するすると思い出される。それがすぐに、今の、それぞれの暮らしや仕事や考えていることに結び付いていく。会話が常に今にもどってくるのだ。H氏が楽しそうに活躍している所以を見たような気がする。

 桜が満開である。
 うすく濁った白い花びらが、今年はすこし心地よく映る。見るたびに姿や印象が変わるのは、桜だけではないだろう。過去だって一つのものではないのだ。必ず今を反射している。いまここに対する真摯な眼差しが過去を美しくするのだろうし、逆に過去になにかよくない印象を抱えているのならば、それは今の問題でもあるのだろうと思う。
 数学には単位円という考え方がある。単位円というのは、1周回って元に戻るように見えるけど、実はちょっとずつ浮いていって、つまりらせん状になっている。平面に描く都合、上からおしてぺちゃんこにしているのだ――というのはこじつけだが、案外よくわかってもらえる。歳を重ねることも、また季節が巡ってくることも、このゆるやかならせんを昇ってゆくようなものではないだろうか。
 そう思うと、一段と気持ちのいい、H氏との再会であった。またいずれ、会いましょう。

     *

counterclockwiseとめどなくπをかさねてまた春がくる

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作品リスト(短歌)

【2018年】
・coming soon(1月号)


【2017年】
・共作「腸内環境」30首(渡辺松男さんの10首に山下が20首を加えました)(『tanqua franca』、2017.11)
・一人暮らしの4首(『みづもと』、2017.11)
・『温泉』(300首)20首抄—第5回現代短歌社賞次席(『現代短歌』12月号、現代短歌社)
・「右目の視力」24首—連載第1回(『現代短歌』11月号、現代短歌社)
・「梨と水」7首+エッセイ(『現代短歌』10月号、現代短歌社)
・「わたしは歩く」7首(『現代短歌』8月号、現代短歌社)
・「散髪の時間」12首(『現代短歌新聞』7月号、現代短歌社)
・「大きな家」8首(福岡歌会(仮)アンソロジーV、2016.6)
・絵画のための題詠5首—特集「短歌と絵画が出会う時」(『ARTing』第12号、花書院、2017.6)
・「さよならだけが人生だ」3首—特集「競詠 平成生まれの歌人たち」(『梧葉』VoL.53、梧葉出版、2017.4)
・「六地蔵」7首—「いま読みたい旧かな歌人」(『はつか』、2017.1)
・「かたはらにきみを」7首—特集「沖縄を詠む」(『現代短歌』2月号、現代短歌社)
・中本吉昭選「全国秀歌集(福岡県)」に1首掲載(『現代短歌』1月号、現代短歌社)


【2016年】
・『湯』(300首)20首抄—第4回現代短歌社賞次席(『現代短歌』12月号、現代短歌社)
・「温泉」50首(『九大短歌』第四号、2016.10)
・第59回短歌研究新人賞佳作5首掲載(『短歌研究』9月号、短歌研究社)
・「鰊」10首(『かぜまち』、ここのつ歌会、2016.6)
・「湯」8首(福岡歌会(仮)アンソロジーIV、2016.6)
・「親の落としもの」7首—特集「若き才能を感じる歌人たち」(『歌壇』5月号、本阿弥書店)
・「墓とラムネ」30首—第27回歌壇賞候補作品(『歌壇』2月号、本阿弥書店)
・恒成美代子選「全国秀歌集(福岡県)」に1首掲載(『現代短歌』1月号、現代短歌社)


【2015年】
・「空を見てゐる」18首(合同歌集『連嶺』、やまなみ短歌会、2015.12)
・染野太朗選「今年の十首」に1首掲載(『歌壇』12月号、本阿弥書店)
・「交流」30首 (『九大短歌』第三号、2015.10)
・「のぼろ」vol.10「山を詠む」出詠3首 (西日本新聞社、2015.9)
・「銀鱈の皮」30首 (『九大短歌』第二号、2015.6)
・「まだ風の冷たい五月二日に」8首 (福岡歌会(仮)アンソロジーIII、2015.6)
・「みるくぱん」20首—第39回芥火賞受賞作品 (『やまなみ』1月号)


【2014年】
・「マクドナルドでしりとりを」5首 (『九大短歌』創刊号、2014.6)
・「But, I don't have a car now.」10首 (『九大短歌』創刊号、2014.6)
・「ゆつくり歩いてもみた」8首 (福岡歌会(仮)アンソロジーII、2014.6)
・「歳月」7首 (『歌壇』6月号、本阿弥書店)
・「傘は差さずに街を歩いた」7首 (『NHK短歌』3月号、NHK出版)


【2013年】
・「CAMPARIの背中」8首 (福岡歌会(仮)アンソロジー、2013.6)
・「水飲み場」10首 (『現代短歌新聞』4月号、現代短歌社)

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作品リスト(文章)

【2017年】
渡辺松男の壺(『tanqua franca』、2017.11)
……企画同人誌『tanqua franca』に参加しました。『雨る』をたよりに書いた渡辺松男論です。渡辺松男さんとは共作『腸内環境』にも取り組んでいます。
第1回 玉入れと「数」(『みづもと』、2017.11)
……歌人による短歌じゃないライフスタイルマガジン「みづもと」で連載コラム「教えて やました先生」を担当することになりました。数学のコラムです。
五日間、八〇〇首への旅(『西日本新聞』朝刊2017.10.21)
……文化面の「随筆喫茶」欄にキャラバンのことを書きました。
暗がりから外を見る時(『現代短歌』4月号、現代短歌社)
……第一歌集ノオト(書評)に関野裕之歌集『石榴を食らえ』評を書きました。

【2016年】
バネとしての〈の〉(『やまなみ』2月号)
……阿波野巧也および『京大短歌』を中心に、助詞の〈の〉について書きました。

【2013年】
「の」の連続にみる一首のもつ世界(『現代短歌新聞』4月号、現代短歌社)
……助詞の「の」を連ねる歌をいくつか挙げて、その方法について考えました。

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山下翔詠草集について

 歌集には収めない、あるいは歌集のような公式のものではない、ごく私的なものとして、いわば生原稿的に「詠草集」という形でまとめていきます。

山下翔詠草集1『湯』 300首1,500円 100部限定 ※2017年11月30日1次申し込み〆切
……2014年夏から2016年夏までの2年間の作品を中心にまとめています。芥火賞受賞作「みるくぱん」からはじまり、歌壇賞候補作「墓とラムネ」など所収。 ⇒お申込みはこちらから

山下翔詠草集2『温泉』 300首1,500円 100部限定 ※2017年11月30日1次申し込み〆切
……2016年夏から2017年夏までの1年間の作品を中心にまとめています。話題になった50首連作「温泉」を中心に、未発表作品もいくらか収めています。 ⇒お申込みはこちらから

山下翔詠草集3『タイトル未定』 150首1,000円 ※販売終了
……2017年9月におこなったキャラバン5日間でつくった800首から150首を抜粋したものです。

山下翔詠草集4『タイトル未定』 250首+エッセイ2,000円 ※販売終了
……2017年9月におこなったキャラバン5日間でつくった800首から250首を抜粋したものです。

山下翔詠草集5『タイトル未定』 400首+エッセイ3,000円 ※販売終了
……2017年9月におこなったキャラバン5日間でつくった800首から400首を抜粋したものです。

山下翔詠草集6『タイトル未定』 800首+エッセイ6,000円 ※販売終了
……2017年9月におこなったキャラバン5日間でつくった800首を完全収録したものです。


 来年、2018年は詠草集7を刊行する予定です。装丁などを山階基さんにお願いして、これまでとはちがった見た目の1冊にしたいと考えています。詳細、そのつどお知らせいたします。

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100部限定 『山下翔詠草集』の通販を開始します。

 短歌をはじめて10年以上が経ちました。その間に作った短歌のほとんどは手元に残っていません。とくに前半の5年間の歌は、わたしでもどこになにがあるのか把握できていません。

 ですが、さいわい、現代短歌社賞への応募を機に、ここ4〜5年の短歌をまとめることができました。まことにありがたいことです。

 そこで、


▶︎ 昨年と今年、現代短歌社賞のためにまとめた原稿300首を、それぞれ1冊1,500円でお送りします。

 といっても、原稿をタイピングし、プリントアウトしただけの非常に簡素なものですが……。

 しかし、内容は簡素なものではありません。
 内容のほんの一部をご紹介すると……

 ・「現代短歌」「歌壇」「短歌研究」などの総合誌に掲載された歌にくわえ、
 ・「九大短歌」創刊号〜第四号に発表した歌、
 ・所属する「やまなみ」に月々出している歌、
 ・そのほかの既発表作品、
 ・そして全体で見ればわずかですが未発表作品もあり、

2冊を読めば、ここ4〜5年の作品がおおよそ一望できます。それらを、

 山下翔詠草集1 『湯』(300首)
 山下翔詠草集2 『温泉』(300首)

の2冊に分けて、それぞれ1,500円で販売いたします。(送料はこちらで負担しますので、無料です。

 原稿はまだ手書きのままですので、これからそれらをタイピングし、プリントアウトして、発送いたします。発送は11月末を予定していますが、どれくらい時間がかかるかわかりません。

 また、誰にでも読んでもらいたいわけではなく、ふだんから読んでくださっている方や、この機会にまとめて作品を読みたい方、にだけお届けしたいと考えています。


▶︎ ですので、それぞれ限定100部といたします。

 お申し込みは本日10月12日(木)より、先着順で受け付けます。完全予約・前払い制です。
 お申し込み数が100に達しましたら、その時点で受付を終了いたします。今すぐお申し込みください。


▶︎ お申し込み方法は2つあります。

 1つは、メールでのお申し込みです。
 タイトルを「詠草集申し込み」とし、本文に「住所、郵便番号、氏名、「湯」または「温泉」のタイトル(両方でもかまいません)と冊数」を記入してkyushu.sc.m.yamasho@gmail.com(@は半角にしてください)へお送りください。

 もう1つは、Twitterのダイレクトメールでのお申し込みです。
 @Yamashio_のダイレクトメールへ、本文の1行目に「詠草集申し込み」と書き、つづけて「住所、郵便番号、氏名、「湯」または「温泉」のタイトル(両方でもかまいません)と冊数」を記入してご送信ください。


 発送は11月末を予定しております。

 お申し込みいただいた方には、お支払いの方法を折り返しお伝えいたします。

 山下翔

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